村上龍「寂しくても依存しないで生きる」 (2/2ページ)

新刊JP

まして、「第一の矢」「第二の矢」と違い、明らかに不利益をこうむる既得権益層は、安倍内閣の支持基盤と重なっている。当然、彼らの既得権の切り崩しにかかれば強い反発が予想されるわけで、これを推し進めるのはどう考えても困難である。もしできたとしても成果が出るまでには長い時間がかかる。結局、アベノミクスは「最後のあがき」に終わり、日本経済は「停滞」したまま過ぎていく可能性が高い、というのである。

■最後のワルツ、孤独な二人
 もっとも、作者は「意味のある停滞」はありうると示唆している。中長期的なビジョンがあり、短期的な利益をとりあえず犠牲にして、将来に備えるという場合だという。成果が現われるのは10年先、30年後かもしれないが、絶対的な政策を採っているので、今は損益を被る層が一定数いてもやむをえないという事態である。
 しかしそういう絶対的な政策が採れなければ、日本は「意味のない停滞」を続けることになり、衰退は確実になっていく。 そして作者はすでにそのような事態は来ていると見ているようだ。作中、「日本のどこを探しても希望のかけらもない」という衝撃的な一文に、それが象徴されている。

 では、「意味のない停滞」に陥っているこの国に出口はあるのか? この状況を生き抜いていくために、何が必要なのか。
 本書のなかで作者は、「希望のかけらもない」状況を、別れる直前に最後のワルツを踊っている恋人たち、寂しさの垂れこめる二人に重ねて、将来へのあり方を示唆しているように見える。「最後のワルツ、孤独な二人」とは、エンゲルベルト・フンパーディンクが歌う名曲「ラストワルツ」の詞の一節だ。これから先は、もはや誰にも依存しないで、一個人としてしっかり生きること。決してニヒリズムには行かないこと。それが希望へと向かう第一歩、生き抜くための必要条件だと、つよく暗示しているのだ。
 その突き放し方が、読者へのエールとなっているところが心地よい。

 作者が直接的な答えを示すことはありえないが、本書を熟読すれば、自分なりの答えを探し当てるヒントが、ページの中にいくつも見つかるにちがいない。
(新刊JP編集部)

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