村上龍「寂しくても依存しないで生きる」 (1/2ページ)

新刊JP

村上龍「寂しくても依存しないで生きる」
村上龍「寂しくても依存しないで生きる」

 1984年の連載開始以来、一貫して日本社会が抱える問題の本質を暴き続けてきた作家・村上龍のエッセイ「すべての男は消耗品である。」の14冊目となる最新刊『ラストワルツ』(KKベストセラーズ/刊)が発売された。
 この刊では、作家自ら「ずいぶんとトーンが変わってきた」と述べているように、自身の老いの自覚と、それに伴う考え方や行動の変化に触れる箇所が多く見られる。かつてこのシリーズは、モナコやカンクン、ニューヨークなど海外の滞在先から原稿が送られてきて、日本社会の閉塞状況を一刀両断するのが定番だった。しかし最近は活動の重点が小説執筆とTV「カンブリア宮殿」など国内に置かれ、海外に出ることは少なくなっているという。そのぶん若さにものをいわせた論調から、過ぎた歳月の経験を踏まえる論調へと変わったとしてもなんの不思議もない。むしろ老いによってものごとへ向ける眼差しにいっそう深みが加わったといえる一冊だ。

 なかでも、日本で今起こっている問題の根を見抜く村上氏の目は依然、健在である。アベノミクスの行く末や原発の再稼働、雇用問題、マイルドヤンキーの出現、メディアの現状などについて、鋭い持論を展開している。

■アベノミクスは「最後のあがき」か
 そろそろ目に見える成果が欲しいアベノミクスだが、「大きな成果を上げるとは思えない」というのが作者の意見だ。
 「第一の矢」とされる「大胆な金融政策」で市場に資金を大量に流通させたところで、民間企業の生産性を上げるまでは至らず、「第二の矢」である「機動的な財政政策」も、従来の「バラマキ」と何が違うのかがわからない。そして、政府の切り札として掲げられた「第三の矢」の「民間投資を喚起する成長戦略」とはそもそも実現性の低いものだ、と作者は洞察する。

 「第三の矢」の本丸は規制緩和であり、具体的には農業、医療、雇用など各分野の改革によって、既得権益層を守る「岩盤規制」を切り崩すことだ。しかし実はこれも、かなり前から必要が叫ばれてきたことを、改めてやろうと口にしているにすぎない。

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