太宰治の生き方から学ぶ「断捨離と生前整理」の違い (2/2ページ)

心に残る家族葬

“生きるうえで断捨離もせず、後世のために何か遺そうというつもりもなく、自身の遺物を自室に置いたまま逝ってしまった、その遺物が本人の死後、評価され、本人に代わり後世の人々が保存してくれる”もしかしたらそれがもっとも理想的であると感じる人もいるかも知れない。
だがそれは本人が生きることに人一倍真剣だった、自身の存在意義について人一倍真剣に考えていたことが感じられたから評価されるのだと思う。人生に対する真剣味が他人にも感じられるのなら捨てずに遺しておいても迷惑がられないのではないだろうか。そうして遺した物ならば後世の人々を生かすのではないだろうか。

■断捨離と生前整理は生きているか亡くなっているかの違い

断捨離は生きる上で行うものなのかもしれないと先述したが、後世の人々を生かす、役立つ物と遺品整理で捨てられる無駄な遺物とを分けるのが断捨離であり生前整理なのかもしれない。生きる上での断捨離=死に際しての断捨離(生前整理)なのかもしれない。生きるためにも死ぬためにも断捨離は齧っておくくらいはしたほうがよい気がしてきた。
そこでまた考えてしまった。太宰は自然と断捨離ができていたのかもしれない。よく考えたら、それができなければ自身の人生の課題や疑問、コンプレックスを作品として書き遺そうとも思わないだろう。太宰は自身の処理しきれないものを、作品というカテゴリーを作り、そこにひとまとめにしておいたのだと思う。自身の作品が後の世に多大な影響を及ぼすことまでは考えていなかったかも知れないし、生前整理のつもりもあまりなかったかも知れない。しかしそのつもりがなかったとしても太宰は生前整理ができていたとはいえないだろうか。

■捨てることが出来ないなら無理に捨てる必要はない

完璧な生前整理を目指さずに、生前に処理できない物ならできない物できちんとまとめておくのが良いのかも知れない。
あとは遺された者がその中から必要なものを選び、生きるために役立ててくれるだろう。
それは一種の世代間のバトンタッチなのかも知れない。そしてそのバトンを作る作業が生前整理なのかもしれない。

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