【マジかよ】宮本武蔵は遅刻なんてしてなかった! 卑怯者でもなかった! (2/2ページ)

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それで怒った小次郎の弟子が武蔵に復讐しようとしたが、武蔵が門司城(巌流島の対岸)の城代の沼田延元に助けをもとめ、武蔵を豊後(大分県)まで送り届けたという。ちと、情けなや。

・「たけぞう」も「小次郎の衣装」も全部創作
なお、驚くべきことに「武蔵」の幼年期の呼び名「たけぞう」も吉川氏の創作。また、小次郎が美少年であるのも、60歳の老人説と20歳前後だったとの両方の説があった。

・小次郎らしくなくなっちゃった
吉川氏は「どっちにとろうか、迷ったんです。そして結局、小次郎の年齢は若い方をとったんです。そしてああいう扮装のアイデアも僕のデザインで拵えたものですが、(略)今では小次郎スタイルっていうとあれでないと小次郎らしくなくなっちゃった」と、自身の作品「小説のタネ」で明かしている。 吉川氏をすごいと褒めるべきか……。

https://youtu.be/dfbGj8C1LLk

執筆: 武将ジャパン

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