【安保法制】憲法学者“造反”を招いた自民党の怠慢「人選を事務方に丸投げ」 (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

官僚主導の悪弊・内閣法制局の論理破綻

 近代法思想はモンテスキュー以釆、統治権を立法・行政・司法の三権に振り分ける。いわゆる「三権分立」である。当然ながら、憲法をはじめ法規範について三権がそれぞれの立場で解釈を試みる。このうち政府(内閣)による解釈を「有権解釈」と呼ぷ。つまり現在、審議中の安全保障関連法案が「合憲」であることを前提としているのは、あくまで政府(内閣)の考え方に過ぎず、国会や裁判所がこれをどう判断するかは、それぞれの立場に委ねられている。むろん違憲立法審査権を持っている最高裁を頂点とする司法府であるから、日本の国土と国民の安全に責任を持ちえない学者風情が「ああだこうだ」と論ずる必要は少しもない。

 この件の報道について卓見なのは『読売新聞』が「むしろ、抑制的過ぎた過去の憲法解釈を……」と指摘している点だ。これは集団的自衛権について内閣法制局が「日本も主権国家として集団的自衛権を持つが、憲法上の制約があって行使できない」とする矛盾を抱えた解釈を指している。かつて自民党きっての理論派・石破茂氏は「もし内閣法制局の理屈が成り立つとすれば、『行使できない権利』という概念を認めなければならない。そんなものがはたしてあるのか?」と指摘したが、まったく同感だ。権利は行使できてこそ権利なのであって、行使できない権利は権利の名に値しないのだから、従来の法制局の解釈にはかなり無理がある。

 そもそも内閣の一機関に過ぎない「小役人」どもの集団である内閣法制局による憲法解釈が、そのまま政府の有権解釈として罷り通ってきたことに安全保障関連法案の審議が紛糾する原因がある。官僚主導の「悪弊」である。

「芦田修正」を蔑ろにしてきた愚かな内閣法制局

 現行憲法は、連合軍最高司令部のG2(民政局)のケージス大佐が8日間で書き上げた、いわゆる「マッカーサー草案」がベースになっており、「押しつけ憲法」であることは紛れもない歴史的事実だ。だが、日本側もそのまま受け入れたわけではない。衆議院憲法改正特別委員会の委員長の芦田均(後の総理大臣)は、憲法9条第2項に草案にはなかった「前項の目的を達するため」という文言を挿入することを主張し、第1項では「侵略戦争のみ」を放棄し、第2項で「侵略戦争のための戦力の保持のみ」を否定し、「自衛の戦争のためであれば戦力を持つことができる」と解釈する余地を残そうとした。

 芦田は日本を「無防備」にしようと画策する連合軍最高司令部に一矢報いようとしたわけである。ところが芦田の苦労も顧みず、従来の内閣法制局は「集団的自衛権は保持するが、行使できない」などという「行使できない権利」という概念を創り上げた。訳のわからない「戯言」を政府の公式見解としてきた責任は重い。そもそも内解の一部局に過ぎない法制局が「法の番人」を任じてきたのだから、片腹痛い。いずれにせよ、国民は無責任な学者どもの「戯言」に惑わされず、安部総理とともに「いまそこにある危機」について深刻に考えてもらいたいものである。

朝倉秀雄(あさくらひでお)
ノンフィクション作家。元国会議員秘書。中央大学法学部卒業後、中央大学白門会司法会計研究所室員を経て国会議員政策秘書。衆参8名の国会議員を補佐し、資金管理団体の会計責任者として政治献金の管理にも携わる。現職を退いた現在も永田町との太いパイプを活かして、取材・執筆活動を行っている。著書に『国会議員とカネ』(宝島社)、『国会議員裏物語』『戦後総理の査定ファイル』『日本はアメリカとどう関わってきたか?』(以上、彩図社)など。最新刊『平成闇の権力 政財界事件簿』(イースト・プレス)が好評発売中
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