【安保法制】憲法学者“造反”を招いた自民党の怠慢「人選を事務方に丸投げ」

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会期内の衆院通過を断念したが……
会期内の衆院通過を断念したが……

【朝倉秀雄の永田町炎上】

出来レースの参考人質疑はなぜひっくり返ったのか

 6月4日の衆議院憲法審査会で前代未聞の“珍事”が起こった。当日は「立憲主義」をテーマに与党の自民と民主、維新がそれぞれ推薦した3人の憲法学者を招いて参考人質疑が行われたが、大きな番狂わせがあったからだ。

 民主党・中川正春議員が「集団的自衛権の限定行使を可能とする安全保障関連法案は合意か違憲か?」と質問すると、自民推薦の長谷部恭男・早大教授が「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的論理の枠内では説明がつかないし、法的安定性を大きく揺るがす」と答えてしまった。政府・自民党が狼狽するのも無理はない。

 これには佐藤勉国会対策委員長も頭を抱え、審査会終了後、船田元審査会筆頭理事に対し、「参考人の人選には十分配慮して欲しい」と苦言を呈し、菅義偉官房長官も「憲法解釈として法的安定性や論理的整合性は確保されている。違憲という指摘はあたらない」と苦しい言い訳をした。中谷元安全保障法制相も5日の特別委員会で「憲法9条を巡る議論との整合性を考慮し、行政府による憲法の解釈として裁量の範囲内と考えた。憲法違反にはならない」と釈明して火消しに躍起だが、野党に恰好の攻撃材料を与え、勢いづかせたことは間違いない。

 そもそも予算委員会における「公聴会」や各種委員会の「参考人質疑」は、国民に「国会は独善的に事を進めていない」こと装うための一種の“儀式”にすぎない。学者や外部の有識者に意見を陳述させ、質疑を行なうことになっているが、当然、「公述人」や「参考人」にはそれぞれの政党の息がかった「御用学者」が選ばれる。

 無論、公述人や参考人は事前に党の国対や当該委員会の理事と綿密な打ち合わせをし、くれぐれも党の不利になるような意見は口走らないように釘を刺しておくのが普通だから、長谷部のような“造反劇”は通常はありえない。にもかかわらず、なぜ自民党は安部政権悲願の安全保障関連法案の審議という大事な局面で長谷部氏のような人物を運んでしまったのか。

人選を事務方に丸投げした船田

 そこで筆者は人選の経緯について大学の後輩の国会関係者に探りを入れてみた。すると真相がわかってきた。

「実は与党筆頭幹事の船田元先生は当初、参考人として京都大学名誉教授の佐藤幸治先生に打診していた。だけど佐藤先生の都合がつかず、仕方なく衆議院法制局に人選を『丸投げ』したところ、衆議院憲法審査会の事務方を仕切っている法制次長が長谷部先生の学説や論文の内容、過去の発言などろくにチェックもしないで船田先生に推薦したのです。そして、船田先生がうかつにもそれを呑んでしまった。当選11回の“長老”の船田先生がOKを出している以上、他の委員たちだって異論は唱えにくいですからね。だから今回のアクシデントの一番の責任はやはり船田先生にあると思いますよ」(衆議院事務総局のある職員)

 憲法学者というのは、高村正彦自民党副総裁が指摘するように、憲法第9条の「字面」にのみ拘泥し、「無法国家」である中国による武力を背景とした一方的な現状変更や、北朝鮮の核ミサイル開発など、安全保障環境の変化や現在の日本が直面する軍事的危機などいっさい顧みない。非現実的で、浮き世離れした学説を唱えて憚らないきわめて無責任な人種だ。長谷部氏などもその類であろう。いずれにせよ、今回の「人選ミス」は政治の修羅場をくぐってきたベテラン議員の船田としてはいかにも緊張感に欠け、国会対策が稚拙過ぎると言わざるをえない。

官僚主導の悪弊・内閣法制局の論理破綻

 近代法思想はモンテスキュー以釆、統治権を立法・行政・司法の三権に振り分ける。いわゆる「三権分立」である。当然ながら、憲法をはじめ法規範について三権がそれぞれの立場で解釈を試みる。このうち政府(内閣)による解釈を「有権解釈」と呼ぷ。つまり現在、審議中の安全保障関連法案が「合憲」であることを前提としているのは、あくまで政府(内閣)の考え方に過ぎず、国会や裁判所がこれをどう判断するかは、それぞれの立場に委ねられている。むろん違憲立法審査権を持っている最高裁を頂点とする司法府であるから、日本の国土と国民の安全に責任を持ちえない学者風情が「ああだこうだ」と論ずる必要は少しもない。

 この件の報道について卓見なのは『読売新聞』が「むしろ、抑制的過ぎた過去の憲法解釈を……」と指摘している点だ。これは集団的自衛権について内閣法制局が「日本も主権国家として集団的自衛権を持つが、憲法上の制約があって行使できない」とする矛盾を抱えた解釈を指している。かつて自民党きっての理論派・石破茂氏は「もし内閣法制局の理屈が成り立つとすれば、『行使できない権利』という概念を認めなければならない。そんなものがはたしてあるのか?」と指摘したが、まったく同感だ。権利は行使できてこそ権利なのであって、行使できない権利は権利の名に値しないのだから、従来の法制局の解釈にはかなり無理がある。

 そもそも内閣の一機関に過ぎない「小役人」どもの集団である内閣法制局による憲法解釈が、そのまま政府の有権解釈として罷り通ってきたことに安全保障関連法案の審議が紛糾する原因がある。官僚主導の「悪弊」である。

「芦田修正」を蔑ろにしてきた愚かな内閣法制局

 現行憲法は、連合軍最高司令部のG2(民政局)のケージス大佐が8日間で書き上げた、いわゆる「マッカーサー草案」がベースになっており、「押しつけ憲法」であることは紛れもない歴史的事実だ。だが、日本側もそのまま受け入れたわけではない。衆議院憲法改正特別委員会の委員長の芦田均(後の総理大臣)は、憲法9条第2項に草案にはなかった「前項の目的を達するため」という文言を挿入することを主張し、第1項では「侵略戦争のみ」を放棄し、第2項で「侵略戦争のための戦力の保持のみ」を否定し、「自衛の戦争のためであれば戦力を持つことができる」と解釈する余地を残そうとした。

 芦田は日本を「無防備」にしようと画策する連合軍最高司令部に一矢報いようとしたわけである。ところが芦田の苦労も顧みず、従来の内閣法制局は「集団的自衛権は保持するが、行使できない」などという「行使できない権利」という概念を創り上げた。訳のわからない「戯言」を政府の公式見解としてきた責任は重い。そもそも内解の一部局に過ぎない法制局が「法の番人」を任じてきたのだから、片腹痛い。いずれにせよ、国民は無責任な学者どもの「戯言」に惑わされず、安部総理とともに「いまそこにある危機」について深刻に考えてもらいたいものである。

朝倉秀雄(あさくらひでお)
ノンフィクション作家。元国会議員秘書。中央大学法学部卒業後、中央大学白門会司法会計研究所室員を経て国会議員政策秘書。衆参8名の国会議員を補佐し、資金管理団体の会計責任者として政治献金の管理にも携わる。現職を退いた現在も永田町との太いパイプを活かして、取材・執筆活動を行っている。著書に『国会議員とカネ』(宝島社)、『国会議員裏物語』『戦後総理の査定ファイル』『日本はアメリカとどう関わってきたか?』(以上、彩図社)など。最新刊『平成闇の権力 政財界事件簿』(イースト・プレス)が好評発売中
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