【旦那を亡くした妻の実話ストーリー】突然訪れた、大切な人の死。あなたなら、どんなふうに乗り越えますか?
あなたの大切な人が、もうすぐこの世から居なくなるとしたら、あなたはどんな行動を取りますか? 人間誰しも、いつなんどき、どんな状況になるか分かりません。 いつもと変わらぬ朝が来る人も居れば、地球がひっくりかえったような、天変地異の朝を迎える人も居ます。 大切な人と健康に過ごす、そんな当たり前の毎日を大切に思うことは、存外難しいものです。 いざというとき、どういう行動をしていいかも分からない人が大半だと思います。 誰しもに起こりうる、突然の別れ。 本日ご紹介するストーリーは、脳出血で旦那さんを亡くされた、ある女性のお話です。
---------------------------
(以下、STORYS.JPより一部転載)
あまり風邪を引いたり、お腹を壊したりしない健康な旦那が、頭が痛いと言い出しました。
・
・
・
異変に気づいたのは、旦那の母親。尋常じゃないその頭痛の様子から、救急車を呼ぶことにしました。
私は大きな病気だとは思っておらず、当時流行していたインフルエンザが原因なんじゃないだろうか…ぐらいに考え、救急車を呼んだのです。
---------------------------
普段から健康な人は、ちょっとした体の異変に疎いものです。
周りも、そして自分自身も、まさか命に関わるような大きな病気ではないだろうと思ってしまう傾向にあると思います。
旦那さんは、脳出血でした。
担当医から言われた言葉は、「棺桶に片足突っ込んでる状態」だったそうです。
自分で歩いて救急車に乗って、救急車の中では普通に会話をしていたのに。
緊急で手術が必要とはいえ、ドラマのようにすぐに手術が始まるというわけではありません。
親族の同意書や人員の確保に、手術道具や手術室の準備などなど・・・・・・。
やっと手術の準備が整った時には、頭痛が発症してから6時間も経過した後でした。
手術中は後遺症が残ったらどうしよう、入院費どうしよう、など、とにもかくにも色んなことが頭をよぎり、眠るに眠れなかったそうです。
搬送された翌日の早朝に手術は無事終わったものの、後遺症が残ること、今後のことは全く保障がないとの報告を受け、
これから自分が旦那さんを支えていかなくてはならない、そう決意した著者。
しかし、その決意から二日後に訪れた現実は残酷なものでした。
----------------------------------
(以下、STORYS.JPより一部転載)
脳の腫れがね、投薬してるんですが引かないんです。
現状から脳の細胞が死んでいくと思われます。
つまり、もう助かる見込がありません。万が一助かっても、植物人間になるでしょう…
ここまで悪化して助かった人をこれまで見たことがありません。
・・・・・・で、どうしますか?
-------------------------------------
担当医から言われた言葉だそうです。
選択肢はふたつ。
延命治療を続けるか、治療をやめるか。
延命治療をしてもすぐには病室の準備ができないことや、治療をやめて一般病棟にうつれば病室の料金はかからず(最期を看取るための部屋になる為)、24時間一緒にいられることなども説明されたようです。
頭も心も整理が追いつかないまま、回答期限は翌日。
旦那さんの家族と著者とで話し合った結果に出した答えは、「延命治療をしない」ことでした。
旦那さんが実父を看取った際、自分がこういう状況になったら延命治療はせず、静かに死なせてほしいと話していたことから、その意見を尊重した形になったそうです。
延命治療をしないといっても、病院では「殺人」」とみなされる行為は一切しないそうで、一定量の投薬は続きます。
脳が死に、体への指令が止まり、徐々に体にも異変が起きていきます。
著者はそんな旦那さんを看ながら、答えの来ない、一方通行の会話を続けていたそうです。
意識はなくても、死ぬまで耳は聞こえているから、たくさん話してあげてね、という看護師さんの言葉を信じて。
脳出血を発症し、遠くない将来死んでしまうことが確実になってしまった旦那さん。
ただ見守るだけでなく、やらなければならないことが著者にはありました。
友人・知人に知らせるべきか否か(いつ死んでもおかしくない状況で、遠方に居たため)決めること。
命が消えてしまう合図と、それを受け入れる覚悟をすること。
お葬式の準備をすること。
そしてついに、お別れの日がやってきます。
---------------------------------------
(以下、STORYS.JPより一部転載)
「脈が110を切ったよ」
私は急いで病室に戻りました。
看護師さんが来ていて、血圧を測っていましたが、それは機器を使ったものではなく、脈が触れるか触れないかで判断する測定方法でした。
・
・
・
「そろそろ逝ってしまうのか」
旦那の死が急にリアルに感じてきました。
死んでほしくないとはもちろん思いました。死んで旦那の肉体が無くなってしまうことも、もちろん恐怖でした。
ですが、目の前で動けないまま投薬され、人工呼吸器を装着された旦那を見続けるのも辛かった。
旦那が可哀そうだった。それゆえ、死が近いことにホッとする自分も存在していました。
午前3時前。とうとう脈が100を切りました。100を切った瞬間、90、80、70…と脈が落ちていくのが早くなりました。そして60を切った瞬間、
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ベッドの側に在った機械が、旦那の心臓が止まったことを告げました。
心臓ってドラマみたいに0までカウントして止まるもんじゃないんだなーって教えられました。
ナースコールを押して、看護師さんと先生を呼びました。
・
・
・
先生に臨終の言葉を戴き、葬儀屋さんに電話しました。事前に連絡と調整をしていたおかげで、すぐに迎えにきてくれました。
さあ、家に帰ろう。
-----------------------------------------------
自分が大切な人を喪うとき、こんなに冷静にテキパキと行動できるのか、と思う人も多いかもしれません。
きっと言葉では書き表わすことができない、たくさんの負の感情や疲労があったことでしょう。
実はこのストーリーには、まだ続きがあります。
葬儀後、どんな行動をして、今はどんな暮らしをしているのか。
実際に遭わないと分からない、大切な人の死という高い高い壁を、どんなふうに乗り越えたのか。
こういうときのために、大切な人との間で共有しておくべきことは何か。
当たり前のように明日を迎える人、
大切な人をないがしろにしてしまっている人、
同じような喪失感を乗り越えてきた人、
今まさに、壁を乗り越えなければならない人。
今日を生きる、すべての人に読んでもらいたいストーリーです。
(文:STORYS.JP編集部・阿部仁美)