【最後に何を残しますか?】なにもかもを忘れてしまうその時に、最後にあなたに残るもの。 (2/3ページ)
「しっかりしている自分」というアイデンティティーが、おばあちゃんには強く残ったようです。
そして、このストーリーには、もうひとつ別のお話があります。
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(以下、STORYS.JPより一部転載)
医学生も低学年では、介護老人福祉施設(老健)や、
特別養護老人ホーム(特養)で実習をする大学が多い。
僕も2週間ほど、特養で食事や入浴の介助をした。
そこで出会った入居者のおじいさんは、
ここにはとても紹介できないような、
直接的に卑猥な言葉を大声で叫んだり、
ヘルパーさんや他の実習生の胸やおしりを触ろうとする。
もっとひどいことをしようとしたところを、
僕が取り押さえたこともある。
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あとで聞いた話によれば、このおじいさんには「とある過去」がありました。
きっとそのことが、介護施設での行動の要因なのであろう、大事な過去が。
その過去は、転載元ストーリーをご覧ください。
いろんなものを忘れて、それでも最後には自分の揺るぎないものが残る。
そんな人たちをたくさん見てきた著者は、こう語っています。
"いつかなにもわからなくなる。
そのときに、僕に残るのはいったいどんな言葉だろう。
残す言葉は自分で選べない。それが怖い。
ほんとうに、怖い。"
私の祖母も認知症でした。
孫のことも、息子のことも、嫁のことも忘れて、傍若無人なところがありました。
それなのに、他人を前にすると、妙にお行儀がよくなる人でした。
きっと心のどこかで、家族だと分かっていたから、甘えられたんだろうと、
今ならそう思うことができます。
家族という存在は、安心して甘えていいという思いが、残っていたのだな、と。