任天堂「岩田聡」の見た夢は、我々の手の中に (2/3ページ)

FUTURUS

その行く先は詰まる所、「マニアにしか分からない世界」だ。どうせ大人たちはゲームのことなど理解してくれない。それならば、分かる人間だけを対象にした世界を築こう。2000年代前半のデジタルゲーム市場は、そうした空気がはっきりと滲み出ていた。

社長になって統計資料を見てみると、日本のゲーム産業のソフトウェア出荷額は97年から下がり続けている。取材に来られる記者も、昔はゲームをやっていたけれど、いまはやりませんという人ばかり。業界自体は明らかに先細りなのだという現実に、思わず冷や汗が流れました。えらい時に社長を引き受けてしまった、と思いました。

ゲーム業界は、危機を迎えていたのだ。

■ 説明などいらない

岩田に限らず、スティーブ・ジョブズも「ユーザーへの説明」ということを殆どしなかった。「これが我々の新商品の取扱説明書です」と言って分厚い冊子を顧客に渡した時点で、経営者としては負けである。だからこそ、彼らはユーザーの「直感」に訴えかける。任天堂のトップになったあとの岩田のゲーム作りは、常に「直接伝わるもの」を意識していた。

その第一弾がポーダブルゲーム機「ニンテンドーDS」と、それに付随する「脳トレもの」のソフトである。

ゲームをしないと思っていた人たちにもゲームをしてもらう方法はある。5歳から95歳まで誰でも同じスタートラインでゲームを楽しんでもらうのは決して不可能ではないことを脳トレは証明してくれた。

ニンテンドーDSのソフトに、複雑な説明はいらない。というよりも、インターネット時代に生まれた少年と幼少期に第一次世界大戦を経験した高齢者が共に同じゲームをプレイするとしたら、「説明不要」がソフト開発の絶対条件となる。

当時最先端テクノロジーだったタッチスクリーンを採用したことも、DSにとっての大きなアドバンテージとなった。これにより、ややこしい入力コマンドを省くことに成功した。ライバル社の製品よりも段違いの操作性を有するDSは、全世界で1億5000万台を売り上げるベストセラー機となった。

さらに岩田は2006年発売の据え置き型ゲーム機「Wii」でも、DSと同様の要素を加えた。

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