本田、長友、中村ノリ……成功ばかりではない! 挫折からはい上がったスポーツ選手たち (2/2ページ)

学生の窓口

最初の挫折は地元サッカークラブのセレクションでの不合格。進学した中学校でサッカー熱を失いますが、その学校で最初の恩師との出会いで奮起しました。しかし明治大学入学後、出場機会もなく、ヘルニアを患ったこともあり、卒業後は普通に就職しようとまで考えていたそうです。そこでも監督によってサイドバックにコンバートされたことで才能が開花。ヘルニアを克服するために地道にやっていたトレーニングも功を奏し、先ほどのシンデレラストーリーへとつながりました。

●中村紀洋(野球)

プロ野球界にも逆境からはい上がってきた選手が何人もいます。かつて大阪近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)の看板選手だった中村紀洋選手もその一人です。バファローズ時代は二冠王になるなど活躍しましたが、アメリカ移籍で活躍できず帰国。オリックス・バファローズに入団するも結果を出せずに自由契約となりました。その後中日に育成選手として入団。チームトップクラスの打撃成績を残し、優勝に貢献しました。中日を退団後に加入した楽天では結果が残せず、再度挫折を味わいます。しかし次に入団した横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)で再度奮起。オールスターに選出される活躍を見せました。

●石井義人(野球)

西武・巨人で活躍した石井義人も、挫折からはい上がり、大きな成功をつかんだ野球選手です。最初に入団したのは横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)でしたが、出場機会を失い西武ライオンズへとトレードに出されます。ここで約7シーズンにわたり西武の欠かせない選手として活躍します。特に2009年は125試合に出場し、打率3割の好成績を残しました。しかし2011年に打撃不振から戦力外になってしまいます。そこで現役を諦めずトライアウトで読売ジャイアンツに入団。2012年シーズンはチームの優勝に貢献し、さらには日本シリーズのMVPに選ばれる活躍をしました。

今回はメジャースポーツのサッカーと野球の世界で、「挫折からはい上がった選手」をピックアップしてみました。どの選手も、挫折を味わってもそこで諦めたりせずに、次の目標を見据えた努力をし、そして成功をつかんでいます。皆さんも何か壁にぶつかったときは、そこで諦めないで「あがいてみるべき」かもしれませんね。

(中田ボンベ@dcp)

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