日本への領海空侵犯は年間800回以上も? 非公開”スクランブル発進”の衝撃
2015年は安保法案が可決・成立した。これによりわが国の防衛は、平時から有事まで想定されるありとあらゆる危機に切れ目なく対処できることが期待されている。
この新しい安保法により、集団的自衛権の限定的行使ほか、放置しておくと武力攻撃の恐れがあるなど日本の平和と安全に重要な影響を与える状況に陥った場合、解決するため「駆けつけ警護」も可能となった。これには国際平和支援における外国軍への後方支援、遠く離れた場所にいる他国軍の兵士、国連や民間NGO職員らが武装集団に襲われた場合などが想定される。
だが、わが国への安全保障の脅威は、中国とロシアといった脅威から新安保法成立以前も以降も晒され続けているという。防衛省海上幕僚監部に勤務する1等海佐が語る。
2013年の領空侵犯810回…中国とロシアの脅威
「ここ5年間でみるとわが国領空侵犯への対処、緊急発進実施(スクランブル)の回数は、2010年度は386回でした。以降、2011年度は425回、2012年度は567回、2013年度は810回、そして2014年度は第3四半期までで744回です。これだけの領空侵犯をされている現実を、多くの方がご存じない」
わが国への領空侵犯を行っているのは中国とロシアだ。その割合は中国50%、ロシア49%だという。残りの1%はどこなのか。前出の1海佐が続けて語る。
「北朝鮮と思われます。ただし北朝鮮機は偵察に来たかどうかはやや怪しいところもある。何らかの事情で集団からはぐれてしまい、結果的に日本の領空を侵犯した可能性が高い。脅威といえばそうかもしれない。でもわが国の安全を揺るがすほどのものではない」
2015年に入ってからは1月こそ諸外国による領空侵犯飛行や領海に侵入した艦艇はなかったが、2月に入ってからはロシアの駆逐艦など3隻が対馬海峡を南下、中国のフリゲート艦と駆逐艦の2隻が宮古島沖約110キロの海域を航行したことが確認されている。
「艦艇による航行は統合幕僚監部が発表しているように、ほぼ毎月、中国とロシアの艦船がやって来ます。偵察を兼ねて訓練に出ているのでしょう。もちろんわが国も戦闘機や対潜哨戒機を急派しますが、その際は砲門を自衛隊機に向けていることも珍しくはありません」(対潜哨戒機P3-Cの元搭乗員で厚木航空基地勤務の海曹長)
さて諸外国軍によるこうしたわが国領海、領空内の侵犯事案、はたしてそのすべてが統合幕僚監部から国民サイドに伝えられているのだろうか。陸上自衛隊幹部学校に勤務する高級幹部のひとりはこう語る。
「すべては伝えられていない。国民の皆様に伝えられないものもあるから。安全保障上、秘密にしておいたほうがいい内容のものも含まれているので当然の措置だ。かつて中国潜水艦の火災をアメリカの偵察衛星が察知したという話を読売新聞記者に漏らして情報本部所属の1等空佐を懲戒免職にした事案があった。こうした表に出ない話はいくらでもある」
とりわけ潜航中の中国、ロシアの潜水艦の行動については国民サイドには伝わりにくい。実際、統合幕僚監部が公表する中ロなど諸外国の艦艇動向のほとんどが水上艦か、浮上航行中の潜水艦のそれだ。
2015年10月、豊後水道沖に中国潜水艦が潜航して留まっていた?
「潜航中の潜水艦の航行海域や航路を国民の皆様が知ること、それ事態が安全保障への不安を募らせる──それくらい彼らはわが国に接近しているということですよ」
かつて統合幕僚監部や航空幕僚監部に勤務した1等空佐はこう語る。こうした取材では陸自衛官なら海と空、海自衛官なら陸と空、空自衛官なら陸と海と自らが属さない自衛隊の話なら彼らも話しやすい。
「今年(2015年)10月、中国潜水艦が長らく豊後水道海域に潜航したまま居続けていたという風聞は聞いてますか? 陸自の関係者が防衛大同期の海自の1佐から聞いたというけれど。昔もこうした話はよく聞いた。しかし安保法成立以前はもっと酷かったものだ」(第一線部隊勤務・1等空佐)
しかし、年々増え続けるスクランブル、領海侵犯行為に関しては、増え続ける今のほうが、わが国安全保障はむしろ落ち着いた状況にあるという。
「今後、中国とロシアによる領海・空侵犯行為はますます増えるでしょう。しかしこの増加傾向はさほど心配はいらない。彼らにとっては単なるデモンストレーションです。仕事をしているという自国へのアピールですよ」(元防衛大学校教官・1等海佐)
しかし、領空・領海侵犯を監視するほうはそうはいかない。
「もっとも現場で勤務する人たちは、かつてよりも高い緊張感を強いられています。ここは大勢の方に知って頂きたい」(防衛省関係者)
なお、2015年10月、「豊後水道で中国潜水艦が潜航したまま長らく留まった」という話について防衛省に問い合わせたが、「コメントは差し控える」との回答だった。本当の脅威は、やはり国民サイドにまで伝わらないのかもしれない。それでいいのかどうか。これは国民の声、すなわち世論が決めることだ。
- 秋山謙一郎(あきやまけんいちろう)
- 1971年兵庫県生まれ。創価大学大学院修士課程修了。主著に「ブラック企業経営者の本音」(扶桑社)、共著に「知られざる自衛隊と軍事ビジネス」「自衛隊の真実」(共に宝島社)など