【シャープ買収問題】ブラック企業?鴻海精密工業の気になる評判
こんにちは、中国人漫画家の孫向文です。2016年2月25日、経営不振による債務超過を理由に、日本の家電メーカー「SHARP」が、台湾の電子機器メーカー「鴻海精密工業」の企業傘下に入ることを発表しました。これがもし実現すれば、日本の大手家電メーカーが海外企業に買収される初の事例となり、あらゆる意味で日本の経済界に影響を与えるでしょう。
■過酷な労働環境や薄給で毎年従業員の自殺が発生
2015年にはSHARPと日本の「東芝」間で、洗濯機などいわゆる白物家電事業の統合案があったそうですが、結局破談になりました。今回SHARP側が提携先に中華系企業を選んだのは、やはり現在は中国市場が日本のそれよりも企業にとって魅力的ということでしょうか。
SHARPの債務額は3500億円以上にのぼると言われており、海外企業に支援を求めるという考えは妥当かもしれませんが、僕は良策とは思いません。SHARPの買収を検討している鴻海精密工業は、Apple、SONY、HP(ヒューレット・パッカード)など世界的企業の製品を受託生産するメーカーです。売上高4兆台湾ドル(約13億6千億円)以上と台湾最大の企業となっている鴻海精密工業ですが、同時に「ブラック企業」の代名詞として中華圏内では知られています。
鴻海精密工業の中国法人である「富士康」(フォックスコン)は、iPhoneやMacBookなどApple社製品の生産を行っているのですが、過酷な労働環境や薄給を理由に毎年従業員の自殺が発生しています。以前イギリスの「サンデー・テレグラフ」紙が行った調査によれば、富士康蘇州工場の従業員の平均月収は、労働時間が1日平均15時間を超えるにも関わらず774元(約13400円)程度。しかも社宅などは支給されていないため、生活費だけで収入の半分程度が消えてしまうそうです。調査から数年経った現在でも労働条件は改善されていないようで、中国のネット上では「死にたいなら富士康」などと皮肉を言われています。
鴻海精密工業の会長「郭台銘」は親中派、反民主主義者として知られた人物で、2014年に発生した、当時の親中的な台湾政府に反対する学生たちによるデモ活動「ひまわり学生運動」に対し、「民主主義運動は国家資源の無駄使いだ」とデモ隊に対する排斥運動に協力し、15年の総統選で台湾独立派の蔡英文が躍進したことに対し質問されると、「今回の総統選のことは聞くな、私の邪魔をするな!民主主義を振りかざしたところで飯は食えん!」と暴言に近い返答を行いました。
また中国の通信企業「華為」(ファーウェイ)は、世界各国の情報を中国側に漏洩した疑惑があるため、台湾では「スパイ企業」と認定されているのですが、2014年7月には郭会長が華為製の4G通信機能を鴻海精密工業の製品に使用することを提案しました。国家通信伝播委員会(NCC)が認定しなかったところ、郭会長は自社の法人税を台湾国内に納税しないと脅迫めいた宣言を行いました。現在は郭会長側がNCC側に妥協した形で、鴻海精密工業製品は「NOKIA」社の4G機能を採用しています。
大抵の台湾企業にとって、中国本土は生産の拠点、自社製品の市場として「お得意様」といえる関係です。そのため郭会長のみならず、台湾の企業経営者たちの多くが中国に媚を売るような言動を行うのです。
このような例があるため、中国国内では鴻海精密工業の評判はかんばしくありません。買収の話を聞いた中国のネット民たちは、「SHARP104年の歴史が終わった」、「我が家の『AQUOSテレビ』が中国ブランドになってしまう」、「日本経済冬の時代だ!」など、悲観するような意見を多数書き込みました。
中国国内では、SHARP製のテレビは画質の良さから「液晶の父」などと呼ばれ、定評があります。また同社の前身である「早川金属工業」は、シャープペンシルを世界で初めて実用化した企業で、漫画の仕事でシャープペンシルを多用している僕は、SHARPに対し多大な敬意を払っています。
今回の買収案は、SHARP側の問題などを理由に買収契約の一時延期を表明しており、まだ正式に決定していません。このことに対し中国のネット上には、「私は長年のSHARPファンだ」、「SHARP製の携帯電話を使っています」、「うちのSHARP製の冷蔵庫は25年前からずっと現役だ!」といった、買収が中止になったことを喜ぶような意見が書き込まれていました。これは中国国内におけるSHARP製品の評判の高さの表れでしょう。
世界初のカメラ付き携帯電話、高画質な液晶画面など、SHARPは画期的な製品を数多く生み出した歴史があります。僕はその優れた創造性と技術を活かせば、外国企業に頼らずとも自力で再建できると思います。
著者プロフィール
漫画家
孫向文
中華人民共和国浙江省杭州出身、漢族の31歳。20代半ばで中国の漫画賞を受賞し、プロ漫画家に。その傍ら、独学で日本語を学び、日本の某漫画誌の新人賞も受賞する。近著に『中国のもっとヤバい正体』(大洋図書)
(構成/亀谷哲弘)