「第155回芥川賞」候補作を全部読んでガチで受賞予想してみた

KAI-YOU.net

「第155回芥川賞」候補作を全部読んでガチで受賞予想してみた

昨年は現役のお笑い芸人・ピース又吉が『火花』で受賞したことから話題になった芥川賞。ふだん小説を読まない人でもこの文学賞はちょくちょく耳に入ってくるのではないでしょうか? でも、アクタガワショウなんて言われても、漠然と「なんだかすごいものなんだろうな〜」ぐらいのイメージしかない……というのが本音ですよね。

ただ、最近では選考会当日にニコニコ動画で評論家による候補作のレビュー、受賞予測も配信されており、ますます「よりたくさんの人で文学を楽しもう!」という環境が整ってきました。
http://ch.nicovideo.jp/akutagawa-naoki

ニコニコ動画では受賞作発表後、そのまま受賞者の個性豊かな記者会見も生放送されます。過去には田中慎弥氏の「不機嫌会見」も話題となりました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16726592

芥川賞の対象となっている「純文学」というものに明確な定義はなく、それゆえに「なんでも許される」という独特の雰囲気があります。ミステリでもなければお涙頂戴の物語でもなく、SFでもなければもしかしたら小説と呼ぶにもちょっと怪しい。そういう文章の総合格闘技的な散文が結果的にこぞって集まってしまう「純文学」というフィールドに、筆者は長く愛着を持っています。そして、もっと純文学を広く楽しんでもらいたいと日頃から考えています。

とは言え、いきなり各文芸誌を購入して全部読むのはハードルが高いため、今回も苛烈なデッドヒートが予想される芥川賞候補作の、作者の独断と偏見によるレビュー・受賞作予想を通して、まずは文学を身近に感じてもらおうと思っています。

文:若布酒まちゃひこ
いまさらきけない! 芥川賞とは?
一般に新人作家の純文学短編・中編作品を対象に与えられる文学賞で、1月と7月の年に2回発表されます。ただ、この「新人作家」「純文学」という基準に明確な定義はなく、たびたび議論にあげられることも。

候補作は、文藝春秋が発行する文芸誌「文學界」の新人小説月評のコーナーに直近半年以内に取り上げられたものから選出されると、まことしやかに噂されています。なので、どれが候補作になるかから予想するガチ勢はここをチェックしているのです。



今回は、今年上半期の中から選出された5作品が発表されました。

ここでは、それぞれのあらすじ・読みどころ・「芥川賞」というコンテストにおける選考ポイントをまとめ、普段あまり小説を読まないひと向けに、レーダーチャートもつくってみました。
※この図はあくまで読書のための目安であって、作品の良し悪しとはまた別のものです

今回は、「人のセックスを笑うな」で一躍人気作家となった選出5回目の山崎ナオコーラ、野間文芸新人賞・三島由紀夫賞という芥川賞と同格にあたる文学賞をすでに受賞している村田沙耶香、デビューから3作連続で候補となっている高橋弘希といった実力派作家が揃っています。そこに村上春樹や村上龍がデビューしたことでも有名な群像新人文学賞を満場一致で受賞した崔実(チェシル)、「こちらあみ子」で太宰治賞を受賞して以来沈黙していた今村夏子と、バラエティ豊かな顔ぶれが候補となりました。

また、今村夏子の候補作「あひる」が掲載された『たべるのがおそい』創刊号(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))は17年ぶりの地方出版社からの選出となっています。このときの候補作「おっぱい」(玄月)は受賞となりませんでしたが、大手出版社の文芸誌を差し置いての受賞となるでしょうか?

「短冊流し」高橋弘希(新潮1月号)

あらすじ
みずからの不貞により妻と離婚を前提とした別居をしている「私」。ある七月上旬、五歳になる娘の綾音が体調不良をうったえ、一日看病したものの悪化し、深夜に病院に搬送される。意識が戻らない娘の看病を軸に、娘との記憶、妻との関係、仕事、といった生活を構成する要素が淡々とした筆致で描かれる。

読みどころ
短冊流し
「私」が置かれた状況や、その状況により喚起される記憶の描写の密度の濃さがこの小説の優れたところです。文章の特徴としては、感傷的な話題を扱いながらもそこに安易な感情の吐露が一切入り込みません。静かで乾いた文体で、心情を登場人物の所作や会話からにじませる技術の高さが、この小説独特の味わい深さをつくり出しています。

選考でのポイント
高橋弘希は前作、前々作についで3度目の候補入りなのですが、今回は尺の短い作品ということもあり、どうしても作品の力強さが過去作に比べると見劣りしてしまいます。

あえて欠点を挙げるなら、描写に対して高いコストを割かれているけれども、この作家は特に「書きたいもの」というものを持っていないのではないか、という評価を受けかねない点にあります。どこか習作的な印象が拭いきれないといったところが、正直なところ。

彼の類稀な描写力をどれだけ・どのように選考委員が評価するかが選考では鍵になるでしょう。

「あひる」今村夏子(たべるのがおそい 創刊号)

あらすじ
就職するために田舎の実家で資格の勉強に励む主人公の「わたし」。父が働いていたときの同僚が飼っていた「のりたま」という名前のあひるを引き取ることになり、のりたまは近所の子どもたちの興味を惹く。しかしのりたまはすぐに病気になってしまい、のりたまが病院にいってしまうと、子どもたちは主人公の家にぱったり来なくなる。

しばらくしてのりたまは家に帰ってきたが、それはどう見ても以前ののりたまとは別のあひるだった。ふたたび子どもたちはのりたまを見るために家にやってくる。やがて両親は客間を子どもたちに開放し、次第に家は子どもたちの溜まり場になっていく。

読みどころ
あひる
平易な語り口で独特のユーモアを持ち、どこか間の抜けたゆるい空気をつくりながらも、主人公の苛立ちや、表層的にしかものを見ない両親、それを容易に見抜いて大人を「利用」する子どもたちの無邪気な悪意が痛烈に描かれている秀作です。この小説が「のりたま」ではなく「あひる」と題されているのは、ひとやものを個別の名前として認識するのではなく、それが属する枠組みだけで認識しているということへの皮肉かもしれません。

選考でのポイント
物語の親しみやすさと不気味さのギャップが、この小説を評価する最大のポイントになるのではないかと考えます。内容についても非常に優れていると感じるのですが、続く3作に比べると質・量ともに見劣りします。


「美しい距離」山崎ナオコーラ(文學界3月号)

あらすじ
40代で大病を患い、余命がもう幾ばくもない妻を看取る小説。妻が死ぬその日のためではない、妻との「この瞬間」をなによりも大事にしたい主人公は他者と妻の距離に辟易する。だれもかれもが、「仕事相手」「親族」「患者」といった属性でしか妻を見ていない。そしてとりわけ主人公に嫌悪をもたらすのが「余命」。これにより主人公は他人によって妻の生を勝手にありふれた物語とされてしまうことに抗いたい意思を持つ。

読みどころ
美しい距離
「余命という物語を使うことなく、ひとの生き死にと向き合う」という主題を全面的に押し出しながらも、ドラマチックな展開を一切使わず書ききった点が見事な作品です。ひとや物事の一面だけを見て、勝手に想像し、勝手に共感するということが、妙な言い方ではあるのですが「想像力が排除された文章」として、緻密に構成されています。

選考でのポイント
扱っている内容の大きさ、切実さを高く評価する選考委員が一人はいるのではないかと思います。ただ、冒頭と最後に安易な感傷に頼った謎の宇宙ポエム(!?)が入ったり、どう見ても性格の悪いおっさんの愚痴をひたすら聞かされているようにしか感じられない部分があったりと、看過できないものも含まれているのが残念。

「ジニのパズル」崔実(群像6月号)

あらすじ
東京、ハワイ、オレゴンと各地の学校を追い出されてきたジニが、自らのホームを探す追憶の物語。在日朝鮮人として生まれ、中学から朝鮮学校へ通うことになったジニは、そこではじめて国境というものを自覚する。日本にいながら学校では呪文にしか聞こえない朝鮮語にさらされ、教室には金日成と金正日の写真が飾られている。

この異質さがジニの居心地の悪さであり、そしてそれは自分の力ではどうすることもできない「空が落ちてくる」ような危機でもある。テポドンの発射を機に、卑劣な男からジニは暴行を受ける。こんな腐った奴にも私は勝てない、革命でも起きない限り自分たちがさらされる環境は変わらないと確信し、ジニは革命を誓う。

読みどころ
ジニのパズル
日本の小説らしくない感覚が光る崔実のデビュー作。「パズル」というタイトルで表されているように、途切れ途切れの散文が、徐々に大きな物語をつくり上げていくような構成をとっています。「日本の小説らしくない」というのは、主人公が晒される外国語の環境であり、生まれの問題に由来するものと感じられます。とりわけ、この小説では主人公が身を置く土地ではなく、海の向こうで起こることに対して物語が敏感に影響を受ける独特の知覚が文章の個性として顕著に現れています。

選考でのポイント
今回の台風の目となる作品。候補作のなかで、最も完成度が低く、荒々しいつくりの小説ではあるのですが、ずば抜けて「訴える」という力強さを持ち合わせています。どれだけの選考委員の琴線に触れるかが受賞を左右するでしょう。

「コンビニ人間」村田沙耶香(文學界6月号)

あらすじ
「普通」というものがわからずに生きてきた「わたし」。大学1年生の頃からおなじコンビニで就職もせずに18年間働き続けている。そして処女。彼女は自身の人生がコンビニ店員になる以前と以後ではっきりわかれていると自覚しており、曰く「コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思いだせない。」。

そこへ同世代の甲斐性なしの童貞・白羽がわたしのコンビニにスタッフとして入ってくる。しかし白羽は問題行為のためすぐに店をクビになる。が、わたしはひょんなことから白羽と同棲することになる。それをきっかけに、周囲の「わたし」をみる目が変化していき、画一化された生活が乱れていく。

読みどころ
コンビニ人間
出す作品が毎回「イカれてる」「クレイジー」と文芸界隈で評価を受ける村田沙耶香。この「コンビニ人間」は、コンビニの画一的なサービスをマニュアルとし、「人間らしさ」に擬態し、それにすがりついて生きて行く様が描かれています。人間らしい振る舞い(しかし完全に人間とはいえない)をするロボットから感じられる不気味さを、「不気味の谷」と呼ぶのですが、今作はまさにそれを語りのなかにも存分に取り入れています。

例えば本文から引用すると、

どちらかというと白羽さんが性犯罪者寸前の人間だと思っていたので、迷惑をかけられたアルバイト女性や女性客のことも考えずに、自分の苦しみの比喩として気軽に強姦と言う言葉を使う白羽さんを、被害者意識は強いのに、自分が加害者かもしれないとは考えない思考回路なんだなあ、と思って眺めた。 「コンビニ人間」(『文學界6月号』掲載)より引用

といったような、「人間らしい感覚」をなんとか寄せ集め、自分の感情として使うのではなく、「正しい思考」というパーツとしてつなぎ合わせ、機械的に吐き出された文章がこの作品では徹底されています。

選考でのポイント
今回の大本命。エキセントリックな人間を描きながらも物語と主題を破綻なくまとめ上げた、他の追随を許さない圧倒的な完成度を誇ります。

受賞作を予想してみた
上記を踏まえ、独断と偏見による受賞予想をしてみます。まず、5作を芥川賞の受賞候補という観点から◯×△で評価してみます。

短冊流し:×
あひる:△
美しい距離:×
ジニのパズル:◯
コンビニ人間:◯

おそらく、選考では「ジニのパズル」と「コンビニ人間」の一騎打ちになると思われます。新人作家の勢いと、キャリアがある作家の安定感といった真逆の戦いがどう転ぶのか、とてもたのしみです。

ぼく個人の予測としては「コンビニ人間」の単独受賞。「ジニのパズル」はどうしても粗さが目立ち、芥川賞作品として推す側もちょっと慎重になる気がします。


よく「芥川賞受賞作品のおもしろさがわからない」ということを見たり聞いたりしますが、物語のあらすじや、完成度だけでは単純に評価できないのが(特に純文学といわれる)小説の醍醐味です。この記事の最初の方にも少し書きましたが、小説と名付けられなければ小説には見えない文章も受け入れてくれるのが「純文学」です。

時には文法をも食い破っていく荒々しい作品もあり、そこには「常識的な物語観・文章観」では絶対に思ったり考えたりすることができないものがたくさんあります。それゆえの「わかりにくさ」はやはりあるのですが、読者を果てしなく遠くの世界へ連れて行ってくれる力強さがあると筆者は信じています。これらの小説は、「読書する」という行為こそがドラマティックな物語そのものなのです。

まずは、有名な文学賞の予想して、当たりハズレ関係なく、皆さんも「お祭り」に便乗して騒いでみてはどうでしょう? これもまた読書の楽しい方のひとつだと思います。

「「第155回芥川賞」候補作を全部読んでガチで受賞予想してみた」のページです。デイリーニュースオンラインは、村田沙耶香山崎ナオコーラ田中慎弥純文学芥川賞カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る