日本の憲法改正論議に影響を与えたトルコの軍事クーデター|やまもといちろうコラム

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Photo by photo AC(※写真はイメージです)
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 山本一郎(やまもといちろう)です。どちらかというと、きちんと議論して憲法を時代に合わせて少しずつ作り替えるのも必要なことなんじゃないの派です。

 ところで、トルコのクーデターは大変なことになっておりまして、

トルコ クーデター未遂から1週間 拘束・解任6万人超
トルコ大統領、強権化 非常事態宣言 反対派を大量粛清 クーデター失敗に乗じ
あの時、トルコ人はなぜ強権体質のエルドアンを守ったのか

 NHKでは、一連のクーデターによる戦闘で200名近い死者が出たという情報を皮切りに、結構な数字の粛清の情報が出回っております。朝日新聞テヘラン支社の神田大介記者は、千人、万人単位の検挙、逮捕、失職といったおどろおどろしい数字を報じており、これはヤバイと思うわけであります。

 どうしても、この手の事件はクーデターのなぜ、失敗のなぜに注目が集まるところですが、トルコの社会的、政治的な事情については専門家の解説に任せるとして、トルコの不幸な事態から日本が学ぶものがあるとするならば、やはり強権政治の横暴と憲法の問題であります。

 エルドアン大統領(62)が強権政治を敷いているというのは何となく分かるとして、常識的に考えて、一定の政治的策動に関わりがあったかどうかが判然としないのに、裁判を経ずに教員が失職したり、辞職が強要されるというのは異常な事態です。それを可能にしているのは、まさにトルコ憲法、すなわち「緊急事態宣言」条項にあります。

 ちょっと長いですが、大事なところですのでトルコ憲法の邦訳をここに掲載してみます。

第7章 トルコ共和国

Ⅲ.非常時の統治体制

A.非常事態

1.自然災害および厳しい経済恐慌による非常事態の宣言

第 119 条

自然災害、危険な流行性疾病、または厳しい経済恐慌が生じた場合、大統領を議長として開かれる閣僚会議は、国内の1またはそれ以上の地域、もしくは全地域において6ヶ月を超えない条件で非常事態を宣言できる。

2.暴力事件の拡大および公共の秩序の深刻な混乱を理由とする非常事態の宣言

第 120 条

憲法により規定される自由民主義体制の転覆または基本的権利および自由の一掃を目指す広範な暴力活動の深刻な兆候が認められる場合、または暴力事件を理由として公共の秩序が著しく乱された場合には、大統領を議長として開催される閣僚会議は、国家安全保障会議の意見を考慮して、国土の1またはそれ以上の地域、もしくは全地域において、6ヶ月を超えない条件で非常事態を宣言できる。

3.非常事態に関する規定

第 121 条

憲法第119条および第120条に該当し、非常事態の宣言を決定した場合には、この決定は官報に掲載され、トルコ大国民議会の承認に付託される。トルコ大国民議会はたとえ休会中であっても直ちに召集される。議会は、非常事態の期間を変更し、内閣の要請にもとづいて、常に4ヶ月を超えない範囲で期間を延長し、または非常事態を終了させることができる。

第119条に該当するとして宣言された非常事態において、国民に課される金銭、物資、および労働の提供義務、ならびに各非常事態ごとに個別に考慮されるものとして、憲法第15条の原則により規定された基本的権利および自由の制限および停止、非常事態への対策の実施方法、公職従事者に付与される権限の内容、公職従事者の待遇の変更、および非常時の統治体制は、非常事態法により規定される。

■「非常事態条項」は必要不可欠

 ここで重要なのは、トルコ憲法119条、120条および121条で規定されている、非常事態の宣言と、それに関する規定です。ひとたび非常事態が宣言されると「憲法第15条の原則により規定された基本的権利および自由の制限および停止、非常事態への対策の実施方法、公職従事者に付与される権限の内容、公職従事者の待遇の変更」、すなわち政府は「緊急時であると指定されれば、基本的人権が停止される」という結構な内容なのであります。

 クーデターという非常事態と、それへの事態認定、行ったのは強権政治で鳴る大統領という条件が揃うと、民衆の大統領への支持があるとはいえ、凄い勢いで反体制派の一掃が具体的な裁判の手続きも経ずに進んでいってしまうことになります。本当にクーデターのような事態が起きたとき、憲法によって人権が停止されるとこのようなことが平気で起きるのだ、と身をもって教えてくれているのがトルコだということです。

 翻って、日本の憲法改正論議においては、いわゆる平和憲法条項の代名詞でもある憲法第9条改正の是非とは別に、このトルコで大統領が容赦なく使った「非常事態条項」を盛り込むべき、という議論が出てきているのが実際です。

憲法改正は「緊急事態条項」から一点突破を図れ
改憲、緊急事態優先を=自民・船田氏
なぜ安倍政権は憲法改正を目指すのか-船田元(自民党憲法改正推進本部長)

三つの原則は絶対に変えない

【塩田】国民主権、平和主義、基本的人権の尊重は、現行憲法の基本原則で、国民に支持され、広く定着していると思いますが、基本原則の見直しも含めて議論するのですか。

【船田】これから衆参の憲法審査会の中で議論をしていくことになりますが、ここは改正していけないという、いわゆる「改正の限界」もあると思います。保岡興治・衆議院憲法審査会長はそこを非常に重視していて、三つの原則は変えない、と。各党で確認する必要がありますが、三つの原則は絶対に変えないことという点では、各党とも間違いなく共通だと思います。

 自民党の船田さんは基本原則を曲げないと仰ってくれてますが、ちゃんとここだけはウォッチしないといかんだろと思う次第です。やっぱり政府が国民の自由を制限することや、人権を停止することの是非は、以前の安保法制などに比べれば格段に重い話なので、充分すぎるほど充分に議論してから判断しないと駄目だと思うんですよ。

 トルコの受難はヒトゴトではなく、我が国の健全な憲法改正論議や是非に繋がって欲しいと、一人の日本人として強く思っております。

著者プロフィール

やまもといちろうのジャーナル放談

ブロガー/個人投資家

やまもといちろう

慶應義塾大学卒業。会社経営の傍ら、作家、ブロガーとしても活躍。著書に『ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」』(宝島社新書)など多数

公式サイト/やまもといちろうBLOG(ブログ)

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