田中角栄 日本が酔いしれた親分力(19)日中会談は波乱含みの開幕 (2/2ページ)
「‥‥このたびの訪問にあたって、私は空路東京から当地まで直行してまいりましたが、日中間が一衣帯水の間にあることを改めて痛感いたしました。このように両国は地理的に近いのみならず、実に2000年にわたる多彩な交流の歴史をもっております。しかるに、過去数十年にわたって日中関係は遺憾ながら不幸な経過をたどってまいりました。この間、わが国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するものであります」
この「多大のご迷惑をおかけしたことについて」の部分を日本側通訳が中国語に訳すと、会場にざわめきが起こった。
中国側とすれば、この問題については、もう少し深い陳謝の表現があるものと期待していたのである。それなのに、「ご迷惑」という軽い表現で扱われたことに不満を洩らしたのである。
田中は、中国を訪問した2日目の9月26日の午前中、北京の迎賓館で田中派の記者と懇談していた。その合間に、次のような七言絶句の即興詩をすらすらと書き、余裕のあるところを見せた。
「国交途絶幾星霜 修交再開秋将到 隣人眼温吾人迎 北京空晴秋気深」
26日午前10時15分から、人民大会堂の「接見庁の間」で、大平・姫鵬飛外相会談が行われた。この席で、外務省の高島益郎条約局長が中国側の復交三原則を取り上げ、主張した。
「『台湾は中国の一省である』という主張を認めることはできません。また、中国との戦争は、日華条約第一条で終結しており、賠償問題も処理済みです」
この発言は、中国側を刺激した。田中のところに、姫外相との外相会談を終えた大平がやって来た。大平は、台湾問題で強硬に突っこまれていた。
大平は、田中に話しかけた。
「おい、どうする? これじゃ帰れんなあ」
田中は、いつものダミ声で言った。
「こういう時になると、大学出のインテリはダメだなあ」
「じゃあ、どうしたらいいんだ」
「そこは、大学出の君たちインテリが知恵を出さなきゃ」
と発破をかけ、大笑いとなった。
田中は、それから真顔になって大平を励ました。
「ここまできて、それほど譲歩する必要はない。よくよくダメなら、帰ればいい。観光に来たと思えばいいさ。後のことは、俺が責任を持つ。もういっぺん、粘ってやってくれ」
作家:大下英治