天才テリー伊藤対談「大村崑」(2)収入よりも舞台を選んだんですね! (2/2ページ)

アサ芸プラス

テリー 司会の仕事は、どうだったんですか?

大村 3年ぐらい修業して、歌手とドサ回りの司会をしましたけど、月収7、8万はありましたから、そこそこ稼いでいたんですよ。

テリー えー、当時の7万って今の100万円ぐらいじゃないですか!

大村 でも、お笑いの仕事とは無縁ですから、それに対する不満はあったんですよ。そんな時、師匠のところへ、大阪の北野劇場の支配人が「お前のところの若いのを、うちの専属で使わせてくれないか」という話を持ってきたんです。あの頃の北野劇場と言えば、東京の「日劇」みたいなものです。そんな檜舞台に365日専属で出られるなんて夢のようで、喜んで「行きます!」って言ったね。月収は7万から3万に下がったけどね(笑)。

テリー ハハハ、でも金なんか関係ない、と。

大村 そう。そこで出会ったのが、佐々十郎や茶川一郎なわけです。

テリー おおっ! 大人気だったテレビコメディ「やりくりアパート」のメンバーじゃないですか!

大村 結果的には、この3人でやったのがよかった。2人とも浅草と新宿の軽演劇のコメディアンで厳しくてね、僕はこってりしぼられて、いじめられた(苦笑)。でも、そのおかげでこちらの芸も磨かれて、ドーッとウケるようになってきた。そうしてる間に「大阪テレビ」が開局して、僕の人気も全国区に広がっていくんですよ。

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