本好きリビドー(174)

週刊実話

◎快楽の1冊
『頼山陽とその時代』 中村真一郎 ちくま学芸文庫 上1500円 下1700円(本体価格)

 “鞭声粛粛、夜河を過る…”とはご存じ戦国絵巻の華、武田信玄と上杉謙信が激突した川中島合戦の光景を詠んだもの。昭和49年生まれの筆者の祖父世代までなら、宴席などで盛んに吟じられた詩だろう。
 作者の頼山陽はまた平氏以来徳川氏の天下に至る武家の興亡を描いた文学的歴史書『日本外史』も代表作として名高い。昭和の戦前頃まで必須当然の教養書扱いで読み継がれた、幕末期のベストセラーである。当時のもてはやされ方は現代でいえば司馬遼太郎と阿久悠を足して割らぬくらいの大流行作家的存在ではなかったか。
 そんな山陽の人と生涯、業績を丹念忠実に追った本書は同時に「江戸時代後期」という一文明圏の丸ごと大パノラマの観を呈している。寄せては返す波のごとく、次々と登場する詩人・学者、また門弟、そして論敵たちのその数併せて200を超える群像劇。そのことごとくを交響楽団を指揮するように描き分けてゆく著者の、学識と叙述の厚味に気が付けば酔わされてしまうこと請け合いの充実した読み応え。
 「ある程度の年齢をすぎると、“小説”みたいなもの自体、読む気がなくなっちゃうんだよ。所詮作りごとが書かれていると思ったら途端にバカバカしくなっちまって」。…かつて酒場で耳にした先輩の台詞が忽然甦る。確かにいまさら『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』の原作に挑む意欲なぞとてもなれない筆者だが、従容と連なる事実と人物の山脈に歴史小説とは異なる味わいを覚えた。
 ちなみに山陽、懇切な遺言状と貯金を妻に残し、“あのくらいな人を夫にもち、ありがたく存じ候”と彼女を感激させておいて、ちゃんと江馬細香という愛人がいたのがニクい。'71年初版の名作が、長き絶版の眠りからここに復活だ。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 来年のNHK大河ドラマ『西郷どん』のスタートを3カ月後に控え、西郷隆盛の関連書籍が相次いで発売されている。週刊実話の読者にも馴染み深い幕末の英雄について、改めて理解を深めるには、ドラマの開始前のこの時期が最適だろう。
 ということでオススメしたいのが『人生を切り開く! 西郷隆盛の言葉100』(扶桑社/1200円+税)。西郷の言行録から人生哲学や生きる術を探ろうという1冊だ。
 「政治と政治家のあり方を語った言葉」から「他者への思いやりと人づき合いの教え」「生き方、死に方についての言葉」など9章で構成され、出会った者を虜にして離さなかった西郷の人柄・思慮深さが偲ばれる。
 例えば、政治を行なう上で重要なのは「情という一字である」。西郷は「情の人」と称された。情で世を治めるという王道を実践したからこそ、敵味方に関わらず、西郷を信頼する者は多かったワケだ。
 また、「まるで夜這いのようじゃなあ」とは、西南戦争の最中に断崖絶壁をよじ登っている、まさに死に物狂いの時にクチに出たひと言。戦場の修羅場で発したこの言葉に兵士たちからは笑いが起こり、一瞬だけ緊張が緩和したという。なんというユーモア、なんという心の余裕。
 著者は歴史探偵家の高橋伸幸氏。『人生を決断する武将〈サムライ〉の言葉1000』(西東社)など、歴史に埋もれた名言を掘り起こし、現代に生かすことには定評のある方だ。座右の銘が発見できるかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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