渡哲也が激怒した石原軍団「解散撤回」までの暗闘(1)異例の取材シャットアウト (2/2ページ)
その津川が昨年8月に退院予定を目前にして心不全で亡くなった時は、自分と重なる部分があったのか、相当ショックを受けていたそうです」(芸能プロ関係者)
そんな状況下でも、故・石原裕次郎が70年から87年まで出演し、そのバトンを受け取った宝酒造「松竹梅」のCM撮影は続けていた。
「毎年秋頃に新CMの収録を行っていますが、昨年は撮影前にちょっとピリついていて、マスコミの現場取材をシャットアウトしました。春先に一部週刊誌に酸素吸入器など健康面について書かれたことで、周囲にその姿を見られたくなかったそうです。撮影は体調を考慮して2日間に分けられ、舘も陣中見舞いに訪れていました」(スポーツ紙記者)
事務所の実質トップである渡の体調が思わしくないことから、マスコミの間では数年前から「解散」がささやかれることとなる。