日本シリーズ直前!プロ野球ランキング「本当に好きな監督」

日刊大衆

写真はイメージです
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 監督の采配が明暗を分ける――。事実、5年ぶりにセ・リーグを制した巨人を見ると、原辰徳監督の手腕による部分が大きい。本誌の読者世代が魅了されたプロ野球監督は誰か。長年にわたるアンケートで3000人ものデータから、ランキングをお届けする!

 プロ野球歴代監督の中でファンの最も熱い支持を集めた堂々の第1位は、長嶋茂雄監督。二期にわたって巨人軍で指揮を執った。「V9の出がらしのようなチームを任されて、初年度は最下位。打者・長嶋の不在は大きかった。そこで、張本を補強して2年目に優勝。この落差が長嶋野球の魅力だね」(67・東京都)

 長嶋野球の真髄をベテラン記者が解説する。「長嶋野球は突き詰めれば川上管理野球の否定。管理野球でガチガチに選手を縛るのではなく、選手の個性を生かすやり方を模索したのだが、一朝一夕に答えは出ませんでした」

 80年に「川上の陰謀」で解任され、93年に復活するまで雌伏の浪人生活を送る。「張本に始まり、落合、清原、江藤など他球団の主力をFAでかき集めるやり方に批判もあったけど、結果がすべて」(59・埼玉県)

 通算15年の監督生活で、リーグ優勝5回、日本一2回は立派な成績と言えよう。

 第2位はONの一角、王貞治監督。巨人、ダイエー、ソフトバンクを指揮し、常勝軍団に育て上げた。「藤田体制の助監督として始動したのが81年。3年間、藤田監督、牧野ヘッドコーチとのトロイカ体制で、81年の日本一、83年のリーグ優勝に貢献し、満を持して、84年から指揮を執りました」(スポーツ紙デスク)

 しかし、就任して3年間、優勝に恵まれず、4年目にようやくリーグ優勝。2位で終わった88年、優勝を逃したということで勇退することになった。

 95年、ダイエーの中内㓛氏に請われる形で、福岡の地で再び監督となる。ダイエーを選んだ理由もファンを引きつける。「王さん自身が語っているが、まず、巨人と対戦しないパ・リーグのチームだということ。そこに男気を感じる」(54・静岡県)

 しかし、ダイエーでも、最初はうまくいかなかった。「観客から卵をぶつけられる事件まで起きました。また、在任中にダイエーが身売りするという事態にも遭遇。そうした苦労を乗り越えて、ホークスを常勝軍団に仕立て上げた王監督の手腕は見事」(48・福岡県)

■長嶋茂雄や王貞治を強烈に意識した野村克也

 現役時代から長嶋と王を強烈に意識し、特に長嶋に強い対抗心を燃やしていたのが野村克也監督で、第3位に輝いた。野村監督は、南海、ヤクルト、阪神、楽天で指揮を執っている。

「データを駆使したID野球で一世を風靡。“野村再生工場”と呼ばれる、ベテランを起用して適材適所で働かせる手腕は知将の名に相応しいものだった。阪神では結果が出なかったけど、ノムさんの薫陶を受けた選手たちが、次の星野監督時代に活躍する基盤になった」(45・大阪府)

 第4位には、その星野仙一監督がランクイン。星野は中日と阪神、楽天で采配を振るった。「中日時代の星野監督は鉄拳制裁が当たり前の恐怖政治で乱闘が特徴。闘将の名に相応しい」(52・愛知県)

 阪神、楽天とチームが変わるたびに丸くなっていったように見えるが、星野監督の真骨頂は、金をかけたチーム作りにある。

「低迷する阪神を血の入れ替えと揶揄されるほどの大補強でチームを作り変えた。金本、伊良部、下柳らを惜しみなく補強した03年の優勝にはビックリした」(49・和歌山県)

 近年、ダントツの成績を残して名監督の呼び声高いのは、3期にわたって巨人を率いた原辰徳監督で、第5位にランクイン。監督在任中の13年間で8度の優勝、日本一3回と、その成績は群を抜いている。

「情に流されず、選手をやりくりする手腕は見事。一方で9月24日、今季の甲子園最終戦で9回のマウンドに藤川球児が立つと、すぐさま代打に阿部慎之助を送り、最高の勝負を演出した。ファンを喜ばせる術も分かっている」(39・長野県)

■原辰徳に対抗できるのが落合博満

 この原監督の戦績に対抗できるのが落合博満監督だ。通算8年間で4回のリーグ優勝、日本一1回、在任中はすべてAクラスという輝かしい実績を残して、第6位にランクイン。「勝てばファンはついてくると、ファンサービスを軽視し、マスコミにも情報を流さない姿勢には反発もあった」(42・三重県)

 落合とは対照的にファンサービスに力を入れたのが近鉄とオリックスで指揮を執った仰木彬監督で、第7位に。「オリックス時代、鈴木一朗という無名選手の才能を見抜いて、イチローと名づけて、パンチ佐藤とともに売り出そうとした手腕は今でも語り草」(55・岡山県)

 このイチローの活躍でチームは日本一に。さらにメジャーの歴史にも名を残す大スターになったわけだから、仰木監督の慧眼は見事というほかない。

 70〜80年代に活躍したのが、ヤクルトと西武で采配を振るった広岡達朗監督で、第8位にランクイン。「徹底した選手の生活管理と守備重視の野球で、西武ライオンズの黄金時代の礎を作った」(48・群馬県)

 その広岡野球を継承発展させ、完成させたのが森祇晶監督だ。森監督は西武と横浜で指揮を執り、第9位となっている。「采配は極めてオーソドックスで、面白みに欠けたが、西武在籍中の9年間で8度のリーグ優勝、6度の日本一は驚異的」(53・茨城県)

 この森野球のもとで現役生活を送り、黄金時代の西武野球を継承しつつあるのが第10位の辻発彦監督だ。「選手の守備・走塁意識を改善して失点を減らし、抜け目のないチームへ改善したことが奏功。初年度2位、昨年、今年と2年連続優勝という実績は素晴らしい」(33・新潟県)

■広島の黄金時代を作った古葉竹識

 広島の黄金時代を作った功労者が古葉竹識監督で、第11位に選ばれている。南海ホークスで野村克也、ドン・ブレイザーの基で指導者としての薫陶を受け、広島で緻密な機動力野球を花開かせた。「山本浩二、衣笠祥雄が二枚看板の赤ヘル軍団が躍動した79、80年のチームは本当に強かった。選手全員が次の塁を奪う意識が徹底されていた」(67・広島県)

 このときに完成された“スキのない機動力野球”は、その後の広島にも脈々と受け継がれている。「ただ、その手腕を買われて大洋ホエールズの指揮官となったんですが、結果的にうまくいかなかったことで評価を落としました」(スポーツ紙デスク)

 森祇晶監督もそうだが、大洋の監督は名監督にとって鬼門のようだ。

 さて、第12位は日本で唯一の400勝投手で、ロッテで指揮を執った金田正一監督。就任2年目の74年に優勝している。「走ることがすべての基本という考えから、選手を徹底的に走らせた。確かに基礎体力は上がるんですが、選手の間からは、“俺たちはマラソン選手じゃない”という不満がくすぶっていたようです。野球理論も何もなく、とにかく走れ走れでは、選手の心はつかめない」(専門誌記者)

 ただ、「このやり方で、よく優勝できたものだ」(71・千葉県)との声も。

 プロ野球の一つの顔でもある監督たち――。今後も球史に残る名将の誕生を心待ちにしたい。(文中一部・敬称略)

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