1月8日、広島からポスティング公示されていた前田健太のドジャース入団が発表された。当初はダイヤモンドバックス入りが確実といわれながらの二転三転。マエケンの新たな船出を野球ファン全体が応援している。
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■田澤純一ら、多くの投手が経験
しかし、入団に際してはドタバタも。大きな要因はドジャースの慎重なメディカルチェックだった。それもそのはず、日本人投手はメジャーに入ってから、ヒジの靭帯再建手術、いわゆるトミー・ジョン手術に至るケガをする選手が多い。
田澤純一、松坂大輔、和田毅、藤川球児、ダルビッシュ有…。田中将大も近年「トミー・ジョン手術か!?」と幾度となく報じられている。
このように今では多くの選手が行っている「トミー・ジョン手術」。そもそもこのトミー・ジョン手術はいわゆる通称で、1974年にドジャースの主戦投手であったトミー・ジョンが初めて敢行したことから定着した。
成功率はわずか1パーセント(当時)とも言われる中、左ヒジにメスを入れたトミー・ジョンはどんな投手だったのだろうか?
■大復活で46歳まで現役!
1943年生まれ。左投右打。高校時代はバスケットボールもプレーし、インディアナ州のテレホートでは1試合での最多得点を記録したこともある名プレーヤーだった。しかし、トミー・ジョンは将来の道を野球に求め、インディアンズと契約した。
1963年、トミー・ジョンはわずか20歳でメジャーデビューを果たし、その後、移籍したホワイトソックスでめきめきと成長。移籍1年目の1965年に 14勝7敗、防御率3.09の成績を残すと、翌年からも14勝、10勝、10勝と4年連続2ケタ勝利。1968年にはMLBオールスターゲームにも選出された。
シンカーを決め球にゴロを打たせる狡猾なピッチングでホワイトソックス在籍7年間で82勝を挙げたトミー・ジョンは1972年にドジャースに移籍。ここでも1年目から11勝5敗、防御率2.89の好成績。2年目には16勝7敗で最多勝率のタイトルを手にしている。
移籍3年目の1974年は7月の時点で13勝3敗の好成績。2年連続のタイトル獲得が見えてきたトミー・ジョンだったが、7月17日のエクスポズ戦で左ヒジ靭帯がなんと断裂。ここまでのメジャー生活はほぼ皆勤。2749.2回を投げたツケが一気に回ってきたのだった。