人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第49回

| 週刊実話

 「君は新幹線にタヌキでも乗せるつもりか。赤字をどうするのか」
 「運輸省案には各省とも賛成しています」
 「何言っている。政府はこのオレだッ」
 これは田中角栄が3期目の幹事長に就任して間もなくの、昭和44年春の佐藤栄作首相と田中の全国各地に張り巡らせるための「新幹線9千キロ構想」で交わした激論の一端である。

 田中は2期目の幹事長を終えた後、“閑職”としての自民党都市政策調査会長というポストに就き、この期間を有効に使うことで後の「日本列島改造論」のヒナ形となる都市と地方の格差是正、国土の均衡化のための「都市政策大綱」をつくり上げた。ここで、その「大綱」の中にある新幹線9千キロ構想をすでに公にさせていた。その後、すでに官僚人脈を構築しつつあった田中はこれを駆使、予算付けのため各省庁への説得と根回しに全力を挙げていた。
 例えば、運輸官僚がこの構想では予算計上はムリとの理由で「3千500キロ」での原案をつくってくると、田中いわく「ダメだ、こんなものでは。9千キロだッ」と一蹴するといった具合だった。
 時には日本地図を広げて赤エンピツで全国の県庁所在地をくまなく通る新幹線地図を書き、「これでやれッ」と突き放す。田中はサシでの真剣勝負の議論になると、後に福田赳夫(元首相)が「角さんとのサシでの議論はカンベンしてくれ」と腰が引けたように、迫力満点、殺気めいたものが出るのが常であった。
 ために、運輸省の一官僚あたりが田中に反撃することは至難のワザ、結局、田中の意向を丸呑みし、15年間で9千キロ、総予算11兆3千億円に及ぶ「全国新幹線鉄道整備計画要綱」をつくり上げ、佐藤首相のもとに届けられたということだった。佐藤首相はもともと、運輸省の前身の鉄道省から政界入りした経緯がある。運輸省への影響力は抜群、赤字路線を憂慮して運輸省の弱腰を嘆く一方、断固反対姿勢を強めた。その背景には、「日の出の勢いの幹事長」として力を付ける男への警戒感も強かった。しかし、田中は一歩も譲らずで、官邸に乗り込んでの佐藤首相との激論が冒頭のやり取りということだった。

 一方で、予算の全権を握る大蔵省も、さすがに「9千キロ」にはまずと難色を示した。

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