「清少納言こそ、したり顔にいみじう…」紫式部の痛烈批判
『源氏物語』の作者・紫式部による日記には、他の女房たちを批判している箇所があります。その中でも特に有名なのが、『枕草子』の作者としてやはり彼女と同じくらい著名な清少納言への批判です。
画像出典:紫式部 (土佐光起筆 石山寺蔵)/Wikipedia
「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり」
これは
「清少納言は、物知り顔をしてとんでもなかったとかいう人。利口ぶって漢字を書き散らしているけれど、その知識もよく見れば足りないところばかりじゃない?」
という内容です。
かなりの痛烈批判ですが、紫式部は単に同じくらい文才に優れた女房であった清少納言に対するライバル意識ゆえに、このような文章を書いたというわけではなかったのです。
清少納言の主人・皇后定子の悲劇を知っていた紫式部紫式部は同日記の中で、さらに続けてこう書いています。
「かく、人に異ならむと思ひぬる人は(中略)いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見過ぐさぬほどに、おのづから、さるまじくあだなるさまになるに侍るべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかよく侍らむ」
簡単に言えば
「あのような人と違うことばかりを好む人は、ぞっとするようなひどい時にも「素敵♪」と感動することを見逃さないから、そのうちに自然と現実からかけ離れたイタい人になるのよ」
とまで清少納言を批判した紫式部。