『全身編集者』よんでみた:ロマン優光連載138

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『全身編集者』よんでみた:ロマン優光連載138

ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第138回 『全身編集者』よんでみた

『全身編集者』(白取千夏雄/おおかみ書房)という本が一部の人たちの間で話題になっている。日本のサブカルチャー/サブカルの歴史に大きな影響を与えた漫画誌『ガロ』の編集者で、2017年に白血病で亡くなられた白取氏の自伝にあたる本だ。個人の運営するインディペンデント出版社が発行したメジャーの流通で扱われないような自主製作本であるにもかかわらず、商業誌のレビューに取り上げられるなど、注目を集めている。
 なぜ、注目を集めているか? 一つには、いわゆる『ガロ』分裂騒動についての、今まで正史として語られてきた青林工藝社サイドからの視点とは違う、別の立場にいた人間による当時の認識や見解が語られているという理由があるだろう。これまで、一方的に「悪役」として扱われがちだった青林堂側に残った人の立場からの視点は新鮮であり、これまで語られてきた正史を揺るがすような発見がある。余談ではあるが、こういった内容がふとしたことで消えてしまうblogではなく、物理的に形をもって手元に置いておける書物という形で残されたというのも大きな意味があると思う。大手出版社の発行物と比べれば確かに予算はかかっていないのかもしれないが、全体の装丁からデザインまで、愛情が込められた丁寧な作りがなされている。
 そういった部分を歴史の証言として資料的な価値を見出だしたり、サブカル・ゴシップとして楽しむような読み方をしている人は多いだろう。しかし、この本はそういった部分以外でも色々な読み方をすることができる本だ。
 函館で産まれた漫画少年が漫画家を目指して上京するが、『ガロ』の創始者である長井勝一氏との出会いを経て、ふとしたことから編集者になり、様々な人たちとの出会いを重ねながら編集者として成長していくビルドゥングスロマンとして読むこともできるし、最愛の妻である漫画家・やまだ紫との出会いから彼女の死による別れまでを描いた愛の物語を読み取ることもできるだろう。人生の最終局面における一人のボンクラな若者との出会いによって、生涯を編集者として全うすることになる師弟の物語を読み取る人もいるだろう。

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