『全身編集者』よんでみた:ロマン優光連載138 (2/5ページ)

ブッチNEWS

たとえ、『ガロ』について知識が無かったとしても、白取千夏雄という一人の人間がどう感じ、どう考え、どう生きていったかを知っていくことは非常に心動かされる読書体験だろうと思われる。『ガロ』分裂騒動の記述にしても、真実がどうであるかというより、白取千夏雄という人間がその時にどう思い、どう感じていたかということ、そこから彼の考え方や人となりを読み取ることの方が私にとっては興味深いことだった。
 先ほどボンクラな若者(もう、若者というほどは若くはないが)と表現したのが、おおかみ書房の主宰であり、本書の編集人である劇画狼氏だ。10年かそこら前の自分の周りの漫画好きな人たちの氏に対する認識は「色々と(ひどい漫画を)掘ってるし、センスもいいけど、書き手としては特に飛び抜けたところのないブロガー」といった感じだったと思う。ようするに漫画批評をしたい人という認識だったのだ。今にして思えば、それは見当違いであって、劇画狼氏は、自分が思う面白いものを世に届けるために著者に対しても読者に対しても最高の形を作りたいという編集者タイプの人だったのだろう。
 ホラー誌ブームの時に描かれた三条友美先生の埋もれていきそうだった奇妙なホラー短編群。文章のリズム感の力で突っ走る、下品極まりなく役に立たない、ひたすら面白いだけで全く意味がない(最大級に誉めてる)掟ポルシェの商業出版で出すことは不可能なコラム集。そういった、多くの人が求めているわけではないが必要とする人は必ずいるような作品を、最高の形で出版し続けてきたのがおおかみ書房だ。そこに氏の本領はあったし、それは白取氏との交流の中で磨かれていったものでもあるのだろう。
 白取氏の死去により本編は中断され、本書の最終章は白取氏の死後に劇画狼氏によって記されている。それは死期を悟った白取氏と劇画狼氏の間で既に折り込み済みのことであり、与えられた条件の中で最高の形で本を完成させるための編集者としての判断だったのだろう。そして、『ガロ』分裂騒動時の青林堂取締役編集長であった山中潤氏(この人も「悪役」とされる立場の人だ)によるあとがきでは、白取氏が『ガロ』分裂騒動時の真相として語ったことがいくつか覆される。
 普通ならば、著者の自伝であり遺作であるような作品に、著者の発言を覆すような文章を入れることはないだろう。

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