愛し合っているふたりに言葉はいらないというのは、本当のことです。つきあう前に彼とたくさん喋る・・・・・・これはお互いのことを知るという意味では、非常に大切なことかもしれません。
でもつきあってしまうと、そうたくさんの言葉を必要としなくなるものです。そもそも、つきあっているときに多弁になるケースというのは、愛が終わりかけているときでしょう。
愛が終わりそうという空気を感じてしまうと、たいてい、人は言葉をたくさん使います。よね?
言葉って、本当は少なければ少ないほどいいものです。たとえば人気の歌手が、中島みゆきさんの「糸」という歌をカヴァーしたこともあってか、カラオケで「糸」を歌う人が増えています。
その「糸」は、きっと多くの人が知っていると思いますが、「タテの糸はあなた」と言っています。でも、なぜタテの糸があなたなのか?という理由は歌詞に書かれていません。
横の糸がわたしでしたっけ?なぜ横の糸がわたしなのか?横の糸があなたで、タテの糸がわたしでもいいのではないか?
答えは誰も教えてくれませんが、かなりの説得力でもって胸に迫ってくる歌詞です。そうですよね?
秀逸な歌詞というものは、非常にロジカルにできているもので、「論理性をベースに、多くを説明せず、行間を言葉のマジックで大胆に飛ばして」リスナーを説得するパワーを持っています。
つまり「少し喋って」多くを説得するようになっています。
もちろんメロディが言葉の「間合い」を補完してくれているから、そういう言葉のマジックが「効く」ということもあります。
でも、グダグダの歌詞をメロディで補完したところで、ロクな作品にならないもので、やっぱりメロディのヘルプがあろうとなかろうと、歌詞単体で成立している歌詞こそが秀逸な歌詞です。