リーダーとしての資質を問われる一つに、単なるイエスマンではない相当の仕事をこなせる忠臣を、どれだけ抱えているかがある。こうした人物を多く抱えていることにより、リーダーの地位は安泰となる。これは政治の世界にかかわらず、ビジネスをはじめとする一般社会のあらゆる組織で共通する、「リーダー論」と言えるのである。
そうした強力なリーダーと忠臣との関係を、田中角栄と鈴木善幸に見ることができる。鈴木はのちに、田中に担がれて首相にはなったが、トップリーダーの器としてはいささか物足りなさを露呈してしまった。田中も「こんなはずではなかった」との読み違いをしたようだが、一方で鈴木は司としての仕事ぶりで、まったく水漏れのなかった人物であった。
まず、田中と鈴木の出会いに触れておこう。二人は昭和22(1947)年4月の総選挙で初当選を飾った同期である。田中は保守系の民主党から出馬して当選、その後、吉田茂が総裁だった民主自由党に合流し、さらには自由党、自民党に所属したが、鈴木はいささか“毛色”の違った道を歩んだものだった
。
鈴木は岩手県・三陸の山田町出身で、尋常高等小学校を卒業すると、県立の宮古水産学校に入っている。当時のあだ名は「秀才」で、頭の回転もよく、勉強もした。卒業後は、農林省水産講習所(現・東京海洋大学)の養殖科に入ったが、ここでの成績も抜群であった。卒業後は「漁協運動家」を志して財団法人・日本水産会に入ったが、その勤勉さで水産会の会長にかわいがられ、全国漁業組合連合会入りをした。ここで、旧態の「漁協」を改革する必要性に目覚め、社会党から推されて衆院選に出馬、当選を飾ったのだった。
しかし、当時の社会党は左右両派に分かれての主導権争いが活発で、鈴木はこれに嫌気がさして民主自由党入りした。2回目の昭和24年1月の総選挙では、「革新」から「保守」という、まさにコペルニクス的“転身”のうえ、こちらでの当選を果たしたということだった。田中とは、この民主自由党で席を同じくしたことで、以後、互いにその仕事ぶりを認め合うようになったのである。
そうした中での昭和29年、鈴木は吉田茂率いる自由党時代、時の幹事長・池田勇人が立ち上げた派閥「宏池会」に入った。
田中角栄「怒涛の戦後史」(24)元首相・鈴木善幸
2020.05.18 06:00
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