遊女たちの「お風呂事情」
吉原の遊女たちは毎日、客を送り出した後の二度寝から目覚めると、妓楼の中にあるお風呂に入っていました。
吉原遊郭全盛期の江戸時代には、火事が多かったこともあって自宅にお風呂のある家はあまりなく、庶民のほとんどは湯屋(銭湯)へ通っていました。お風呂事情に限定して言えば、妓楼は当時の庶民と比べるとかなり恵まれていたかもしれません。
妓楼にとって遊女は「商品」なので、毎日少しでも清潔にさせてから見世に出そうということだったのかもしれません。
しかし現実の「遊女たちの入浴」はというと、それほど快適とは言えなそうです。何しろその妓楼に所属する遊女みんなが入浴するわけですから、まさに「女だらけの芋洗い」のような光景だったことが当時の浮世絵からも伺えます。
中には気分転換もかねて吉原の中にある銭湯へ行く遊女もいたといいますが、もしかしたら遊郭の内風呂より公衆浴場の方がリラックスして入浴できたのかもしれません。
遊女の洗髪は月1回!それ以外の日は櫛で整えるだけこのように毎日入浴は欠かさなかった遊女たちですが、髪は毎日洗ってサッパリするというわけにはいきませんでした。そもそも髪を洗うのは、庶民でも江戸時代の初期で年に数回、江戸中期~後期でも月に1〜2回程度だったといいます。
その理由は、現代の力士や舞妓さんが毎日は髪を洗わない理由と似ています。