自ら仕掛けたイタズラで死んでしまった四条天皇
1221年に起こった承久の乱で、当時天皇だった後鳥羽上皇率いる政府軍と鎌倉幕府執権北条義時率いる幕府軍の間で戦が勃発しました。
結果は政府軍の敗戦で権力は幕府へと集中し、後鳥羽上皇は隠岐へと島流しされました。承久の乱後、後鳥羽上皇に変わって天皇に即位した後堀河天皇ですが、生まれつき体が病弱だったため、1232年に当時2歳である四条天皇を第82代天皇とし、即位させました。
四条天皇は、近習の者や女官たちを驚かせ、楽しむようなイタズラ好きな少年でした。
イタズラ好きのまま成長した四条天皇は、ある日、宮廷の女房たちを驚かせようと、廊下に滑る石を並べ、仕掛けがうまくいくかチェックしていました。
その途中、四条天皇は自分が設置した滑る石に足元をすくわれ転倒、頭を強打し、死亡してしまいました。このとき、四条天皇は齢12歳でした。