言葉は自分だけでなく他人をも変え、それが社会を動かし未来も変える

| 心に残る家族葬
言葉は自分だけでなく他人をも変え、それが社会を動かし未来も変える

言葉について深く思索を行わない宗教・思想は存在しないと断言してよい。しかし現代社会は言葉に対してあまりに鈍感になっている。言葉は単なる伝達手段ではない。意識を変容し人格や行動、社会全体に影響を与える力を持っている。

■日本に根づく言霊思想

日本には言葉には神秘が宿っているとする「言霊」を重んずる思想が古来より根付いている。万葉集には山上憶良が「言霊の幸はふ国」、柿本人麻呂は「言霊の助くる国」と詠んでいる。言葉には霊が宿り、言葉にしたものはそれが現実になるとされた。つまり善い言葉を使えば幸福になり、悪い言葉を使えば不幸になる。この思想は現代でも受け継がれている。結婚式で「死」「切る」「別れる」などの言葉はご法度である。めでたい席で不吉な言葉を発するのはそもそもの礼儀として当然であるが、過剰なほどタブー視されている面があるのは否めない。危篤状態の家族に対して弱気になり「もし死んだら」などと口にしようものなら周囲から叱られてしまう。「死ぬ」と言えば本当に死んでしまいそうで恐ろしくなるのだ。科学的にはナンセンスであっても、古来からの記憶がそんな恐怖を呼び起こすのかもしれない。しかし、それはある意味事実である。

■仏教の唯識思想

仏教の唯識思想には「熏習」という考えがある。人間の心は8つの階層があり、その最も根底にある層が「阿頼耶識」である。唯識では身体、精神、言語いずれの行動も、自身の阿頼耶識に香りが衣に染み付くように残るとしている。これを「種子」といい種子は蓄積され、人格形成に大きな影響を及ぼすとされる。美しい言葉、丁寧な言葉、悪意のこもった言葉、品のない言葉…あらゆる言葉は阿頼耶識に熏習されその後の人格を作っていく。きれいな言葉が熏じられれば心が浄められ、汚い言葉を使えば心が汚れていくというわけである。

唯識は現代の心理学を先取りしているところがある。安易に重ねるのも危険だが、ここでは阿頼耶識を深層意識の最深部と言い換えてもよいと思われる。様々な体験が深層意識に影響を及ぼし、人格に影響を与えると考えれば、まったく非科学的とも言えない。

■心が荒む汚い言葉 親ガチャという言葉

「親ガチャ」なる言葉が流行っているという。

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