高校生だった頃は、オトナになった将来のことなどまだ何も頭に浮かばなくて、好き勝手な恋愛をしていたなあと思う。
片思いはいつだって一方通行から始まるけれど、相手の気持ちを考える余裕や客観性などはなくて、ひたすら自分が抱える「好き」を持て余す日々だった。
そんな自分が相手にどんな印象を与えるかなんて、想像しない。できない。
「好かれるか」より「好きでいたい」に心を砕く毎日は、楽しくて刺激的で、また、切なかった。高校生活最後に好きになった男性との関係について、振り返ってみる。
■気軽に好きな人の時間を奪っていた自分
彼は理系のクラスで、文系クラスにいた私は彼とどうやって知り合ったのか、もう覚えていない。
何があって好意を持ったのかも忘れてしまったが、思い出すのは放課後の美術室、油絵を描く彼の姿を見るために足しげく通う自分だ。丸太を切って置いただけの椅子に座り、キャンバスに向かう彼の隣に座るのが幸せだった。
どんな会話をしていたのかももう思い出せないが、ちらりと脳裏に浮かぶのは困ったような表情の彼で、おそらく私の存在はあまり歓迎していなかったと思う。集中して絵を描きたいのに、隣で話しかける人がいればそうもいかないだろう。当時の私は、彼のそんな状態を考えることができなかった。
何がしたいのでもない、ただ彼のそばにいたくて、話がしたいだけで、彼の時間を奪っていた。「帰ってほしい」と決して言わない彼に甘えていた。
■「好意のカケラ」を知った瞬間
放課後の美術室で彼といろいろな話をしたことは、ずっと残している当時のノートを広げれば分かる。
油絵以外にも山が好きなこと、登山してみたいこと、それぞれ希望する大学のことや、いつも遊ぶ友人のこと。「自分たちの関係について」はひとことも話題に出ないしお互いの気持ちに触れる瞬間もなかったが、そんなことはどうでも良かった。
彼がどんな人間かを知りたい。知って、もっと好きになりたい。
ノートを見れば、彼にまつわる情報にどれだけ貪欲だったかが分かる。