刀は武士の魂……なんて言うまでもなく、我が身を守る根本は自分の力であり、手に持つ刀が最後の恃み。いざ敵と戦う時に刃など錆だらけでは話になりません。
だから日ごろからメンテナンスをして、もちろん剣術の腕も上げておきなさい……なんて言うと、泰平の世に慣れ切った江戸時代中期以降(18世紀~)を髣髴とさせます。
しかし人間は喉元過ぎれば熱さを忘れ、ちょっと数年から数十年ばかり戦さがないだけで、ついこういう基本を忘れてしまうもの。
今回は鎌倉時代前期、北条重時(ほうじょう しげとき。義時の三男)が記した教訓集『六波羅殿御家訓(ろくはらどのごかくん)』の一節を紹介したいと思います。
北条重時・略伝その前に、北条重時のプロフィールをざっくりたどっておきましょう。
北条重時は建久9年(1198年)6月6日、北条義時と姫の前(比企氏)の間に誕生しました。比企能員の変(建仁3・1203年)によって義時が比企に連なる母を離縁、幼くして生き別れとなります。
比企の血を引く重時は北条家中でも肩身が狭かったようで、兄弟(嫡子)の中では唯一『吾妻鏡』に元服の記録がありません。そんな苦労が彼の人格を養ったのでしょう(実兄・北条朝時という反面教師のお陰かも知れませんが……)。