石田三成(中村七之助)の通称・治部(じぶ)って何?どんな役割があったの?【どうする家康】

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石田三成(中村七之助)の通称・治部(じぶ)って何?どんな役割があったの?【どうする家康】

時は慶長5年(1600年)、天下分け目の関ヶ原合戦。豊臣家から政権簒奪を企む徳川家康(演:松本潤)の前に、石田三成(演:中村七之助)が立ちはだかります。

「亡き太閤殿下(豊臣秀吉。演:ムロツヨシ)の天下を、徳川の好きにさせてなるものか!」

幼少期からその才覚を見込まれた三成は、豊臣政権における能吏として活躍。秀吉の死後も、あくまで忠義を貫き通すのでした。

石田「治部少輔」三成(画像:Wikipedia)

そんな三成は、治部(じぶ)または治部少輔(じぶしょう)などと呼ばれています。

これは律令時代から続く朝廷の部署「治部省」に属する官職ですが、どんな役割があったのでしょうか。

今回それを調べてみたので、紹介したいと思います。

外交・訴訟・儀礼などを担当

治部省(じぶのしょう/おさむるのつかさ)は主に以下の職務を担当したそうです。

一、外事(外交)に関すること

一、戸籍(氏姓)に関すること

一、儀礼に関すること

外事については遣唐使や外国使節の饗応、戸籍については権利関係や訴訟、そして儀礼については雅楽や天皇陵墓の監督などが行われました。

しかし時代が下り平安期に入ると氏姓制度は後退、寛平6年(894年)の遣唐使廃止なども影響して、外国との接点も減少。

次第に職掌が狭まっていき、やがて仏事や僧尼の管理、雅楽や陵墓の監督を行うのみとなったと言います。

なお、戦国時代にはこうした官職はすっかり有名無実化(要するに名誉職)。

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