徳川家康の跡継ぎは次男?三男?それとも四男?戦なき世に相応しい後継者の資質【どうする家康】

| Japaaan
徳川家康の跡継ぎは次男?三男?それとも四男?戦なき世に相応しい後継者の資質【どうする家康】

天下分け目の関ヶ原合戦(慶長5・1600年9月15日)を制して豊臣政権内における地位を磐石なものとした徳川家康。

しかし家康はこの時、還暦に迫る高齢であり、いつ亡くなってもおかしくありませんでした。

そこで取り急ぎ、後継者をきめるために重臣たちを招集します。果たして徳川の家督を、誰に継がせたものでしょうか。

招集された重臣たち

平岩親吉(画像:Wikipedia)

……関原の役すでに終て大久保治部大輔忠隣。本多佐渡守正信。井伊兵部少輔直政。本多中務大輔忠勝。平岩主計頭親吉の人々をめし。我男子あまたもてるが。いづれにか家国を譲るべき。汝等おもふ所をつゝまず申せとの仰なり。……

※『東照宮御実紀附録』巻十一「家康議世子」

「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。わしの跡継ぎを誰にしたものか、おのおの忌憚なく意見せよ」

家康に呼ばれたのはこちらの顔ぶれ。

大久保忠隣(治部大輔) 本多正信(佐渡守) 井伊直政(兵部少輔) 本多忠勝(中務大輔) 平岩親吉(主計頭)

さて、それぞれ誰を推すのでしようか。

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