徳川家康の跡継ぎは次男?三男?それとも四男?戦なき世に相応しい後継者の資質【どうする家康】 (3/4ページ)
戦なき世に相応しい資質は
……忠隣一人争乱の時にあたりてこそ武勇をもて主とすれ。天下を平治し給はんには。文徳にあらでは大業守成の功を保ち給はんことかたし。 中納言殿には第一御孝心深く。謙遜恭倹の御徳を御身に負せられ、文武ともに兼ね備らせたまへば。天意人望の帰する所このうへにあるべしとも思はれずと申し。其日はそのまゝ何とも御沙汰なくして各退去せしめられしが。……
※『東照宮御実紀附録』巻十一「家康議世子」
そんな中、大久保忠隣が口を開きました。
「徳川の御家督は、中納言様こそ相応しかろう」
中納言とは家康の三男・徳川秀忠のこと。忠隣の意見を聞いて、一同はいぶかしみます。
関ヶ原の決戦に遅れをとった愚か者が徳川の家督を継いでは、家臣たちもついては来るまい……しかし忠隣には確信がありました。
「確かに、乱世ならば武勇にすぐれた者を選ぶも道理であろう。しかし天下が一統されし治世にあっては、文徳なくして安寧を保つこともなるまい」
孝心深く謙遜恭倹(へりくだり、うやうやしい態度)を備えた仁徳篤い秀忠こそ、戦なき世の主に相応しいと言うのです。
「……なるほど。皆の考えはよう分かった。これからしばし考えるゆえ、今日のところはひとまず皆さがれ」
家康はそう言って解散を告げたのでした。