徳川家康の跡継ぎは次男?三男?それとも四男?戦なき世に相応しい後継者の資質【どうする家康】 (4/4ページ)
終わりに

一両日過て先の人々をめし。忠隣が申す所吾が意にかなへりとて。遂に御議定ありしとかいひ傳へし。
抑中納言殿年頃儲位におはし。御官途も外々の公達より進ませ給ひ。すでに関東へ御遷ありし時。諸臣及寺社等へなし下されし御書は。 皆中納言殿の御署状なれば。儲位の定まらせ給ひしはいふまでもなく。その比より既に御位をも譲らせ給はむ尊慮にてありしなれば。この時に臨みかゝる異議おはしまさんにもあらねど。関原御凱旋天下一統のはじめなれば。なほ群臣人望の帰する所をこゝろみ給ひしものなるべしと。恐察し奉る事なれ。(武徳大成記。烈祖成績。)……
※『東照宮御実紀附録』巻十一「家康議世子」
そして後日、家康は再び家臣たちを招集、秀忠を後継者に指名しました。
そもそも秀忠は後継者として目されており、それゆえに官位も高く、折に触れて書状の発給にも花押をしています。
「やはり新たな世には、文徳にたけた中納言こそ徳川の家督に相応しい」
かくして家康の後継者は秀忠となり、やがて征夷大将軍の座を譲られるのでした。
NHK大河ドラマ「どうする家康」では、この辺りがどのように描かれるのか、楽しみですね!
※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan