怪物・徳川慶喜
幕末期の歴史を語る上で、徳川慶喜という人物が、一般的なイメージとは異なりどれほど有能な政治家だったかは強調してもし過ぎることはありません。
彼は朝廷も、反幕勢力も、各地の諸侯も、さらに海外勢力までも翻弄するほどの怪物的な手腕と力量を持っていました。
幕末期は、討幕勢力によってなすすべなく徳川幕府が滅ぼされてしまった印象ですが、それは違います。実は徳川慶喜は何度も薩摩をやり込めており、丹念に史料を読み解いていくと、一体なぜ徳川慶喜という人物が最終的に倒されてしまったのか分からなくなってしまうほどです。
ここでは、1867年5月に開かれたいわゆる四候会議で、慶喜が薩摩に一泡吹かせたエピソードをご紹介しましょう。