幕末の「江戸城無血開城」はウソ!城は焼け、庶民も被害を被った薩摩による「攻撃」があった

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幕末の「江戸城無血開城」はウソ!城は焼け、庶民も被害を被った薩摩による「攻撃」があった

幕末期のいわゆる江戸城無血開城は、この時代を描く映画やドラマなどでは大変重要なシーンです。無血開城に至るまでの流れはコチラの記事を参考にしてください

日本が近代国家へと変貌を遂げた第一歩「大政奉還」がなされた背景とは!?【幕末をわかりやすく】

「江戸城無血開城」で有名な西郷隆盛と勝海舟の会談の地の記念碑(Wikipediaより)

もともと、日本の歴史では、敗者はその本拠地を抹消されることがほとんどでした。例えば徳川家康は、大坂夏の陣で大坂城を全焼させています。

幕末期も、もともと新政府軍は江戸城に総攻撃を加える予定でした。

もしもこれが実現していたら、江戸の町は戦場となります。市街戦によって江戸の庶民が犠牲になり、徳川慶喜も切腹に追い込まれていたかも知れません。

この計画が、実際にどのような経緯を辿ったのかは皆さんもご承知の通りです。

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