なぜそのような暴挙を…幕末、”偽官軍”の汚名で長州藩に滅ぼされた「花山院隊」の非業の末路

| Japaaan
なぜそのような暴挙を…幕末、”偽官軍”の汚名で長州藩に滅ぼされた「花山院隊」の非業の末路

時は幕末、欧米列強の侵略から日本を守るため、徳川幕府の打倒を目指して多くの志士たちが決起しました。

九州は豊前国(現:大分県北部)でも倒幕の挙兵が起こったものの、非業の末路をたどることになります。

今回は志半ばに壊滅した「花山院隊(かさのいんたい)」を紹介。その武勇伝をひもといてみましょう。

花山院隊の挙兵前夜

討幕の志に燃える佐田秀ら(イメージ)

花山院隊の発起人は佐田秀(さだ ひずる)。豊前国宇佐の尊皇志士で、長州支藩・長府藩の報国隊に所属していました。

佐田は同じ報国隊士の木付義路(きつき よしみち)と語らい、京都から公家の花山院家理(かさのいん いえさと)を奉じて倒幕の義兵を挙げる計画を立てます。

木付が家理を迎えるため京都へ向かい、佐田は国許で兵を集めたところ、およそ150の義兵が結集しました。

しかし挙兵の旗印となるべき家理は、長州藩の妨害によって豊前入りが叶いません。

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