戦国時代には、虎や龍、鬼といった馴染のあるあだ名が武将たちにつけられましたが、中には黄斑という珍しいあだ名が付けられた武将がいました。
その人物は長野業正(ながの-なりまさ)、上州の黄斑(虎の別名)とあだ名付けられた人物です。
業正自体、あまり馴染み深い人物ではありませんので、どのような活躍をしたか知らない方が多いかもしれません。
そんな人物ですが、実は武田信玄の侵攻を6回も退けた隠れた名将でありました。
この他にも業正の活躍は数多くありますので、生涯を追いながらご紹介します。
実は名前が不明な人物業正は延徳3年(1491)に産まれます。父に関しては未だ不明で、長野憲業と長野信業、長野方業の3人が挙げられています。