甲斐の虎・武田信玄を6度も退けたもう1人の虎!「上州の黄斑」と呼ばれた武将・長野業正の勇姿を紹介 (1/4ページ)

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甲斐の虎・武田信玄を6度も退けたもう1人の虎!「上州の黄斑」と呼ばれた武将・長野業正の勇姿を紹介

戦国時代には、虎や龍、鬼といった馴染のあるあだ名が武将たちにつけられましたが、中には黄斑という珍しいあだ名が付けられた武将がいました。

その人物は長野業正(ながの-なりまさ)、上州の黄斑(虎の別名)とあだ名付けられた人物です。

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業正自体、あまり馴染み深い人物ではありませんので、どのような活躍をしたか知らない方が多いかもしれません。

そんな人物ですが、実は武田信玄の侵攻を6回も退けた隠れた名将でありました。

この他にも業正の活躍は数多くありますので、生涯を追いながらご紹介します。

実は名前が不明な人物

箕輪城跡/Wikipediaより

業正は延徳3年(1491)に産まれます。父に関しては未だ不明で、長野憲業と長野信業、長野方業の3人が挙げられています。

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