平安時代、娘を入内させて皇室の外戚となり、権力を掴もうと狙ったのは藤原道長だけではありませんでした。
今回は道長のライバル?とも言われた藤原顕光(あきみつ)の娘・藤原延子(えんし/のぶこ)を紹介。
果たして彼女はどんな女性で、どんな生涯をたどったのでしょうか。
※「光る君へ」で宮川一朗太さんが演じている藤原顕光に関してはこちら
大バカのまた大バカだ!散々に罵倒された藤原顕光(宮川一朗太)は本当に無能だったのか?【光る君へ】 敦明親王に入内藤原延子は寛和元年(985年)ごろ、藤原顕光と盛子内親王(せいし/さかこ。村上天皇皇女)の間に誕生しました。
同母兄姉には藤原重家(しげいえ)・藤原元子(げんし/もとこ。一条天皇女御)がいます。
寛弘7年(1010年)に敦明王(あつあきら。居貞親王の王子。のち親王)と結婚しました。
父の実家である堀河邸に住んだことから、堀河女御と呼ばれます。
二人の間には敦貞親王(あつさだ)・敦昌親王(あつまさ)・栄子内親王(えいし/ひでこ)を授かりました。