紫式部の兄弟姉妹には、藤原為時長女(実名不詳)・藤原惟規・藤原為時三女(実名不詳)が知られています(紫式部は次女)。
ほか異母兄弟姉妹がいますが、今回は割愛しましょう。
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大河ドラマ「光る君へ」では割愛…幼い頃から母親代わりだった紫式部(まひろ)の姉とは? 実はかなり高い教養があった紫式部の弟・藤原惟規。詠んだ和歌に見える彼の才能【光る君へ】長女は為時が越前へ赴任する前に亡くなっていますが、三女は藤原信経(のぶつね、さねつね)と結婚しました。
今回はこの藤原信経について、その生涯をたどってみたいと思います。果たして紫式部の義弟は、どんな人物だったのでしょうか。
有能多才だけど、美的センスはいまいち?藤原信経は安和2年(969年)、藤原為長(ためなが)の子として誕生しました。母親については詳しく分かっていません。
兄弟には嫡男の藤原通経(みちつね)はじめ、藤原公経(きんつね)・藤原頼経(よりつね)らがいます。
なお信経の祖父・藤原雅正(まさただ)は藤原為時の父でもあり、紫式部らはいとこ同士でした。