賄賂政治家として知られる田沼意次の実像に迫る!従来の負のイメージが覆る驚愕の学説を紹介

| Japaaan
賄賂政治家として知られる田沼意次の実像に迫る!従来の負のイメージが覆る驚愕の学説を紹介

賄賂で座敷がいっぱい

江戸時代中期の旗本、大名、江戸幕府老中、田沼意次(たぬまおきつぐ)という名は、長い間「賄賂政治家」「悪徳政治家」の代名詞のように伝えられてきました。では、実際には彼はどんな政治家だったのでしょうか。

関連記事:

どちらの財政政策も理にかなっていた。江戸時代の田沼意次の財政政策と松平定信の寛政の改革

従来のイメージを覆す説が、現在では定説となっているのです。

田沼意次(Wikipediaより)

江戸時代中期の1719(享保4)年、意次は600石の旗本田沼意行の子として生まれ、家督を継いだ後は順調に昇進。その後、老中にまでのぼりつめて幕閣の実権を握りました。

実力者となった「田沼様」のもとには、その権力を頼って近づいてくる者が増えます。田沼屋敷には毎日、早朝から訪問客が列をなすようになったといいます。

客から預かった刀を置く部屋は、たくさんの刀で青海波(波形の染め模様)を描いたようになったという伝説まであります。

ピックアップ PR 
ランキング
総合
カルチャー