賄賂政治家として知られる田沼意次の実像に迫る!従来の負のイメージが覆る驚愕の学説を紹介 (3/3ページ)

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にもかかわらず、意次が賄賂政治家という汚名を一身で引き受けることになってしまったのは、その後に登場した老中・松平定信によるところが大きいと言えるでしょう。

定信は清廉な政治家のイメージを武器に、意次の賄賂政治を批判しました。

しかし実は、その定信も、かつては意次に賄賂を贈って出世を買っていたのですから、こっちの方がよっぽど悪徳です。

松平定信(Wikipediaより)

史実の田沼意次は有能な政治家でした。

徳川吉宗が享保の改革で果たせなかった幕府財政の建て直しに取り組み、印旛沼や手賀沼の干拓事業によって新田を開発したほか、年貢の増徴に努めています。

また蝦夷地(北海道)に着目して、ロシアとの交易のために最上徳内らを現地に派遣しています。

当時の新知識を吸収するために、青木昆陽や平賀源内など専門家や知識人を自分の屋敷に招いて話を聞くということも行っており、意次の実像は幕政改革を目指した進歩的で有能な政治家だったと言えるでしょう。

近年は、松平定信による政治は、田沼時代のものと連続面があるとの指摘もされています。

参考資料:
日本歴史楽会『あなたの歴史知識はもう古い! 変わる日本史』宝島社 (2014/8/20)
画像:photoAC,Wikipedia

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