実は勘違いによる暴走!?江戸時代「大塩平八郎の乱」は正義どころか民衆にとって大迷惑の災害だった【後編】

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実は勘違いによる暴走!?江戸時代「大塩平八郎の乱」は正義どころか民衆にとって大迷惑の災害だった【後編】

【前編】では大塩平八郎の蜂起とその背景について説明しました。

実は勘違いによる暴走!?江戸時代「大塩平八郎の乱」は正義どころか民衆にとって大迷惑の災害だった【前編】

【後編】では、この「大塩平八郎の乱」はどのような影響を及ぼしたのか、またそれに対する後世の評価はどのように変わっていったを見ていきましょう。

大塩平八郎(Wikipediaより)

乱による被害の規模

多くの死傷者を出したものの、後に「義挙」とされたこの乱ですが、そうした評価の陰に隠れて見失われがちなのが、その被害の凄まじさです。

まず、そもそもの大飢饉のさなかにあった当時の世相ですが、『浮世の有様』という史料によると「町なかを歩けば必ず餓死者を見るし、道頓堀や日本橋、難波新地あたりには死骸が山と積まれて、犬に喰われている。昼夜とも物もらいの哀れな声が市中にあふれ、乞食が乞食を襲うほどだ。(中略) 婦子を抱いて川に投身する者も少なくない」というほどの惨状だったそうです。

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