実は勘違いによる暴走!?江戸時代「大塩平八郎の乱」は正義どころか民衆にとって大迷惑の災害だった【後編】 (3/4ページ)

Japaaan

『三国志』にも出てくる黄巾の乱(Wikipediaより)

他にも「癇癪の一旦おこりて乱坊と変化せし」と記したものもあり、大塩の乱は、単なる彼個人の暴発とみなされていたことが分かります。

荻原助教は「大塩を好意的に評価したものはほとんどなく、残虐さを強調した作品さえある。大塩にとって義挙でも、庶民は家や財産を失った。実録には、庶民の等身大の気持ちが反映されている」と解説します。

義挙とされた理由

では、なぜ世評は大塩平八郎の乱を「義挙」と評価したのでしょうか。

 「大塩平八郎終焉の地」の碑(Wikipediaより)

前編でも名前を挙げた東北大の平川新名誉教授は「明治政府や自由民権運動などの動きと絡んでいる」と指摘します。

「戦後の歴史学も階級闘争論や民衆史的視点を重視してきた。

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