前回に引き続き、江戸時代の漂流民、大黒屋光太夫の過酷なロシア漂流物語についてご紹介します。
※【前編】の記事↓
なんと10年にも及ぶ過酷なサバイバル生活!波乱と苦難…江戸時代の漂流民・大黒屋光太夫の生涯【前編】
天明7年(1787)の夏、一行はカムチャッカ半島に着き、ニジニカムチャツクに連れていかれます。食事も支給され、気温も比較的温暖でここの生活はアムチトカ島より良いもの…かと思いきや、冬になった途端、アムチトカ島を超える寒さと飢饉で木の皮しか食べるものがなくなり、3人の仲間が壊血病にかかって命を落としました。
アムチトカ島も充分に過酷でしたが、それを超えるほどの飢饉でした。そのうちに春が訪れ、川で魚が取れるようになり、6人だけは餓死を免れました。食べ物が尽きた状況で6人が生き残ったのは、どんな時も生きて日本に帰る意思を失わず、仲間を励まし統率し続けた光太夫の存在が大きかったようです。