波乱と苦難…なんと10年もの過酷なサバイバル生活!江戸時代の漂流民・大黒屋光太夫の生涯【後編】 (5/5ページ)
2人は聞き取り調査ののち、小石川の薬草園内に住まいを与えられ、そこで新しい妻を娶って生涯暮らす事になりました。
2人を解放してしまうと、彼等が10年に渡って見聞きしたロシアの情報が周りの人々に漏れて鎖国政策に悪影響を及ぼすと考えられたのと、いざという時には彼等をロシアとの通訳に利用したいという幕府の思惑がありました。
ただし、伊勢に帰りたいという2人の願いは一応聞き届けられ、1度だけ2人は伊勢への帰省を許されたといいます。
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反対に、江戸に家族が訪ねてきた事もあったようです。
その後、 大黒屋光太夫は文政11年(1828)に78歳(年齢は数え年)で、磯吉はその10年後、75歳という長寿で生涯を閉じました。どんな状況でも絶望せず、強い意志をもって行動したからこそ迎えることのできた、祖国日本での穏やかな最期でした。(終)
参考文献:山下恒夫 『大黒屋光太夫―帝政ロシア漂流の物語』岩波新書
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