薩長連携から大混乱へ
【前編】では、明治政府が版籍奉還・藩制制定などの行政改革を行うも不徹底に終わり、中央集権国家を目指すにあたりもどかしい状況に追い込まれていたことを説明しました。
ここから、クーデターともいわれる廃藩置県が断行された「その時」を見ていきましょう。
版籍奉還・藩制制定を経て、藩主は改めて知藩事に任命されました。また、海軍費の負担については集議院で批判が相次いだため、原案の半分に抑えられます。
諸藩の抵抗を受けた大久保や木戸は、出身藩の薩摩・長州を取り込むことで政府強化を図ります。
明治4年2月、土佐を加えた3藩の兵で直轄軍(親兵)を編成し、薩摩の実力者である西郷隆盛を上京させると彼に指揮を委ねました。