日本史を勉強した方なら名前くらいは知っている天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)。
千々石ミゲルや伊東マンショなど漢字+カタカナというインパクトのある日本人少年4人が、大友宗麟や大村純忠といったキリシタン大名の代わりとして、ローマ教皇に謁見する為にローマへ派遣された使節団です。
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「千々石ミゲル」は本当に”背教者”だったのか?墓の発掘調査で明らかになったキリシタン信仰の実態!しかし、日本史の教科書では上記のことだけ書かれているので、4人がその後どうなったのかの後日談があまり知られていません。
今回は4人がローマ法王に会う目的を果たした後、何をしていたのかに焦点を当ててご紹介します。
4人は天正10年(1582)に日本を発った後、天正18年(1590)に日本へ戻ってきます。